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2022年1月10日

黒川創『旅する少年』(春陽堂書店)

kurokawa1.jpg 蒸気機関車に興味がある少年が、学校の休みを使って日本全国を旅をする。それは今から半世紀前のことで、ちょうど全国から蒸気機関車が消える時期だった。少年は周遊券を買い、有効日数いっぱいの計画を立てて、北海道から九州までの旅をする。それも夏休みはもちろん、春や正月の休みを待って、学校が始まる前日、あるいは当日の早朝に帰る計画を立てて実行する。それが小学生の時から中学生まで続くのである。「鉄オタ」などと言うことばが流行るはるか前のことで、読んでいて、その行動に呆れ、感心してしまった。

著者の黒川創は小説や評論を数多く執筆し、『鶴見俊輔伝』で小佛次郎賞を得ている有能な書き手で、僕も彼の書いたものには注目しているが、この本では、彼の少年時代について、改めて知らされることが多かった。実は僕は、この本に登場する少年期の作者を直接知っていた。彼の父親である北沢恒彦さんと一緒に、京都の新京極の調査をしたことがあるし、同志社大学の近くにあった「ほんやら洞」に親子で来ているところを見かけたり、中学生の頃の著者がバイトをしているのも覚えていたからだ。『鶴見俊輔伝』の批評でも書いたが、彼が大学生の時に『思想の科学』ではじめて編集をした「大学生にとって大学生とは何か」という特集で、僕は大学生について彼からインタビューを受けてもいた。しかし、彼がこれほど蒸気機関車にのめり込む少年時代を過ごしていたことは、全く知らなかった。

これほど長期の旅をくり返しするのには相当の費用がいる。それは主に母親からの提供だったようだが、なぜ許せたのか、という点に興味を持った。認めなければへそを曲げ、鬱屈した気持ちにさせてしまうと思ったのかもしれない。あるいは夫との関係がぎくしゃくしていて、そのことで、息子に負い目があったのだろうか。いずれにしても、今ではとても認められないことのように思える。また、少年は車中や旅先で出会った人と仲よくなり、食事や宿泊などを助けてもらったりしている。高度成長期で日本が大きく変わる時期であったとはいえ、「袖触れ合うも他生の縁」といった気持ちが、まだ通用していた時代だったことを改めて思い出した。

黒川創の執筆の仕方は、徹底的に資料を調べ上げることにある。その姿勢は、この少年時代の旅によって培われたものであることも再認識した。蒸気機関車の最後の運行にあわせて出かけるためには、何時の列車に乗って、どのルートで行ったらいいのか。写真を撮るためにはどこで待ちかまえたらいいのか。そして、ついでに見ておきたいところや、うまく新学期に間に合うように帰るには、どうするか。そんなことを事前に徹底的に調べているし、当時の旅を思い出すための写真や、切符なども、きっちり整理していたのである

旅の最後は蒸気機関車とは縁のない沖縄である。石垣島や西表島にも行っているが、嘉手納や普天間の基地にも行っている。「ほんやら洞」でバイトしていたことや、父親の影響もあったのだろう。すでに戦争と沖縄について、あるいは当時の政治状況についても、自ら考えることはしていたようだ。早熟といってしまえばそれまでだが、後に黒川創となる、その出発点に触れた気がした。



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