書き方表現法

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街の風景

私の好きな街………千里 百田岳大
僕は、中学3年のときに、父親の転勤で大阪の千里に引っ越した。今までゆかりの無い土地での新しい生活と、受験を控えた大事な時期での転校に僕は戸惑いを覚えた。いわば、不安だらけのスタートだった。
 落ちつたのは高校に入ってからで、中学のときは進学の事でいっぱいだった。高校では吹奏楽部に入り、クラスでも仲の良い友達としばしば遊びに行った。
 たいてい遊ぶ場所というのが、学校と家との中間にあった、万博記念公園だった。外周だけでも自転車で20分ぐらいかかるこの公園は、学校から10分ほどのところにあって、絶好の「たまり場」だった。
 よく、休みの日には野球をしたり、それに飽きたら「太陽の広場」などで開かれているフリーマーケット(フリマ)で服や雑貨などをを物色していた。授業をサボっているときも公園の中にある美術館に行って、ボーっと絵を眺めていた。秋の涼しくなってきたころには、気の合うやつと二人で同じく公園内の日本庭園にで書けて待ったりと過ごした。遠足では、エキスポランド(遊園地)で立ち乗りコースターにのって楽しんでいる友達を見ながら「あほやなー」とふとつぶやいたりもした。土曜日にはスタジアムに出かけて、Jリーグ「ガンバ大阪」の試合を観戦した。
 家は、団地の4階でもう築30年近く立つ建物だった。周りも団地だらけだったが、通りを1本隔てると著名人や会社社長が住む高級住宅街になっていた。そういう事もあってか、一言でいうと「閑静な住宅街」だった。住みやすかったのはもちろんまわりの人々も気さくな人が多くて、そのような所に僕はこの街の魅力を感じた。


私の街の風景  98C1153 押野 あかね
 私は“団地っ子”である。生まれてこの方21年間集合住宅以外、つまり一軒家に住んだ事がない。だから当然私の街の風景と言って連想するのは団地ばかりである。
 ここは、良くも悪くも人工的なのだ。久々に高いところへ昇ってみようと思いたった。とりあえず高い棟がいい。わたしは迷わずに私の街の中心部にある30階建ての棟を選んだ。
 エレベーターホールはどこかの高級ホテルのようにきれいで、閑散としている。人がたくさん住んでいるはずなのに人気が無いのだ。ちょうど1階にエレベーターが停まっていたので、私はそっと乗り込んだ。この小さな箱は思ったより速い。あっという間にノンストップで30階に到着した。
 どこかのデパートのように最上階だからといって何があるというわけでもなかった。ただ、よくみると窓がひとつも開かない事に気付いた。
 等身大の大きさの窓から外を見る……左手の方に豊島園が見えた。その奥に見えるビル街はきっと新宿であろう。そして視線を落とす。やはり地上30階は高い。一瞬くらっとしてしまった。人は点のように見えるし、車は米粒のようだ。森はブロッコリーのように見える。高いところから見下ろすという行為は気持ちがいい。小学校の頃、学校帰りによく自分の棟の最上階へ上ったものだ。私はふと思った。毎日この高さで生活を送っていたら、高いところに立ったときのの優越感はいつか麻痺してしまうのではないだろうか。私は25階で生まれ育った友達のことを思い出した。確かに彼女は高いところに恐れを全く感じないと言っていた。同時に、そこには何の優越感も存在しないらしい。
 そろそろバイトの時間だ。またエレベーターに乗って地面へと向かう。地上にあるのは相変わらずの日常だ。エレベーターホールを抜けて外へ出た。自分がちっぽけに感じられた。やはり30階の窓は開かない方が無難である。


街の観察文 吉祥寺 小野澤悠子
 中央口の改札を出て、キヨスクの横を通り、駅を一歩出ると、明るい街が広がっている。テラスの付いたバス停が横断歩道を挟んで左右にある。発車時間が近いのか、右側のバス停には長い列ができている。
道には、買い物をしたらしく、袋を肩にかけた女の人や、若いカップル、主婦のグループ達が行き交っている。黒のスーツを着た茶髪の若い男の人が数人、スカウトをしようと道行く女の人を見据えている。話しかけられた女の人はスカウトマンに目もくれず、足早に立ち去ってしまった。
 一台のバスが来て、乗客を飲み込んで出発。横断歩道の側に立っている交通整理のおじさんの笛がピッピーピッピーと鳴り響く。普段、一般の車はあまり通らない、信号のない、歩行者優位のような通りである。笛の音が響いてバスが近づいてきてもなお、渡ってしまおうとする人が数人いて、おじさんの笛が更に鳴り響く。やっとバスが通りすぎるとまた、人々は何もなかったかのように通りを行き交う。  横断歩道を渡り終えた所左手には、携帯電話の安売りショップがあり、携帯電話のかぶりものをした人が店の宣伝をしている。たいていの人が、ちらっと見るだけで、その店に入って行こうとはしない。
 更に少し進むと、金融会社のティッシュを配る人、レストランのチラシを配る人、スカウトマンらしき人、待ち合わせの人らでごたがえしている。また駅から出てきた人が、横断歩道を渡り、アーケード街へ消えてゆく。 私の好きな街、吉祥寺の風景。


街の風景 磯光弘
 あなたは子供の頃どこで遊んでいましたか。私は学校から帰ると、家に上がらず、ランドセルを玄関に投げ捨て、直ぐに公園に行くのである。すると、私よりも早く来た友達が場所をとっている。公園の広場は人気があり、少しでも遅れると他のグループにとられてしまうのだ。サッカー、野球、おにごっこなどその時の自分たちのブームに合わせていろいろな遊びをした。もし、昔の自分に戻れるのならば、あのころに戻りもう一度思いっきり遊びたい。
 最近の公園はどうだろうか。現在の時刻は、午後4時である。小学生にすれば学校が終わり一日で一番楽しい時間である。しかし、ぱっと周りを見渡したところ公園にいるのは、ベンチに座ってたばこを吸っているおじいちゃんと、砂場で遊んでいる3歳ぐらいの女の子とそのこのお母さんの3人だけである。公園の真ん中にある広場には誰もいない。
 公園は、桜の木に囲まれている。きっと春には満開になり、多くの人が集まるのであろう。しかし、桜の木はもう冬への準備をしている。葉っぱも枯れ始め、来春もピンクのきれいな桜を咲かしてくれるのか不安にさせるぐらい元気がない。
 公園には、滑り台やブランコなどもあるが、果たして使われているのだろうか。ブランコは風で揺れている。誰か乗ってよという声が聞こえてきそうである。ブランコや滑り台は、遊ぶモノというより飾りモノになっている。
 いつから公園は公園じゃなくなってしまったのだろう。子供たちは何をしているのだろうか。家でテレビゲームをしているのであろうか。それとも塾や習い事をしているのだろうか。私達の親の年代の人から見ると、私達も外では遊ばない方だったというかもしれない。しかし、今の子供たちは私達よりも外で遊ばなくなったと思う。あと少しで21世紀を迎えようとしているが、公園はどのように変わっていくのだろう。
 やっと、自転車に乗った小学生二人が来た。私は少し安心した。


街の風景  金丸亜樹
 今日は朝から雨が降っていた。今は一時やんでいるが、それでも空は厚い雲に覆われている。いつまた降り始めてもおかしくはない様子だ。なんとなく憂鬱な気分で地下鉄の駅から地上に出た。
 神田神保町は、有名な「本の街」である。多くの古本屋、書店や出版社が並んでいる。私がここを訪れたのも、新刊を発売日よりも早く手に入れられる書店があるからだ。ここから、さらにしばらく歩くと、スポーツ用品店と、楽器店ばかりが軒を連ねる通りがある。
 目的を果たしたあとで、地下鉄の神保町駅から徒歩5分ほどの、靖国通りに沿ったファーストフード店に入った。三階の窓辺に陣取る。ここから見て、左から右へと向かうのが、新宿方面への車である。片側三車線の通りは、両側とも混雑することなく、乗用車やタクシー、トラックなどが順調に流れているようだ。
 見下ろすと、店のすぐ前には横断歩道がある。歩行者用の信号が赤に変わると、その両端に人がたまっていく。最も目立つのはスーツ姿のサラリーマンだ。ちょうど昼休みの時間だからだろう。傘だけを手に持って、昼食を取りに外へ出かけたところのようだ。ジャケットを着ていない人も多い。次に目立っている制服姿のOL風の女性も、小さな手提げと傘のみを持っている人がほとんどだ。その他は、近くの大学へ向かう学生たちの一団だ。中間テスト期間で、学校が早く終わった中高生の姿もぽつぽつと見ることができる。書店の袋を提げた人も、心なしか多いような気がする。
 そんな人々の群れが、信号が青になると一斉に動き始めた。数分に一回、その集団を構成する人は違うのに、同じ印象を受ける光景が、何度も続く。
 横断歩道の向こう側には、何軒も古本屋がある。どの店の軒先にも、二、三人が本を手にとって眺めている。今週末からは、恒例の古本祭りが開催される。掘り出し物を探しにくる人々で、ここの景色も、また違ったものになるだろう。週末はよい天気になってくれるとよいと思った。


「街の風景」 杉田寛幸
  少し高い場所、ビルの2階から僕の住む街を1回転見まわしてみると、実に様々な顔を持っていることに気づく。東を向けば、そこはこの街の発進基地である。少し古びた小さな駅があり12分間隔で青い電車が人々を運び、駅の真横にあるバスターミナルからは青いバスが北へ走って行く。またそこには3年くらい前にできたデパートがあり毎日人がその店に集ってくる。一見、華やかそうに見えるが西を向くとその表情は一変する。
 そこには主に建物と山しかなく、本当にここが街の中心地であろうかと疑わせてしまう。奥一面を山々が占領し、その前には住宅が建ち並んでいる。
 山は、手前から奥に向かって次第に大きくなり、僕の見る画面を囲んでいる。色は深緑がほとんどであるが、所々に赤と黄色が見える。秋になったのだと感じさせる。何年くらい前だろうか、まだ幼い頃その山からパラグライダーが飛んでいる姿が見ることができた。しかし今は大空へ飛び立つ人もなく、少々寂しい表情になっているようだ。なぜ飛ぶ事がなくなったかは知らないが。
 そして山の手前に乱立する建物の数々。高いものはなく、高いものといっても10階建てくらいのアパートが1つと敷地が広い工場1つがあるくらいだ。あとは普通の住宅である。高さは2階建てで新しいものではないのがほとんどである。瓦屋根の色も地味目で古臭い。振興住宅地ではないようだ。もしかしたらもう何年もこの配置は変わっていないのではないだろうか。
 一番近くに見える家ではおじいさんが2階の部屋で掃除をしている。こちらが見ていることなど気にする様子もなく。そして外へ出て今度は蒲団を叩き始めた。このおじいさんはきっと僕以上にこの街を見てきているのであろう。そんな雰囲気が蒲団を叩く様子から感じた。
 ある側面では発展している反面、そのすぐ隣りの側面ではまるで時が止まってしまったような二つの顔がある。この街がこれから先どうなっていくのかは今の僕には想像すことはできない。


街の風景 西山剛
主婦:「すいませーん、このねぎいくら?」店主:「そうだなあ、120円だけど奥さんの顔にまけて100円でいいよ。」主婦:「あらー、いつもいつもごめんなさいねー、助かるわー。」この会話は僕が街の風景と言われて欠かせない代表的なものの一つだと感じている。情緒がありそしてどこかのんびりとした空間がそこには存在している。
僕が描く街の風景の中にコンビニは存在しない。必ずコンビニではなくスーパーが存在している。そしてその周りを肉屋、魚屋、八百屋が囲んでいる。人のかっこうはと言うとこれにはこだわりがある。絶対片手に買い物かごをぶら下げて世間話で談笑している主婦の姿がそこにはある。夕方にもなると学校帰りの子供たちがその主婦達の脇を通る。主婦達もだいたい1時間ぐらい談笑した後、「夕食の支度がありますので」と言って帰る。主婦達が帰ることによりその街の活気が徐々に失われていく。夜の7:15分頃、自宅のインターホンがなる。外へ出てみると近所のおばさんが「作りすぎたので良かったらどうぞ」と笑みを浮かべながら立っている。片手には皿の上をサランラップでまいている「肉じゃが」、そしてもう片方には「おから」を持っている。これら頂いたものを夕食に付け加えて一家団欒で食し一日が終わる。
この風景は自分が8歳まで育った実際の光景でありとても印象があったものを自分なりにピックアップしたものである。最近はというと高層ビルが建ち並びコンビニの増加により夜が終わらないということもあってか昔の光景は少しずつ失われてきている。昔の街といった光景は人間味のあるとてもすばらしいものだと自分は思う。だから少しずつ失われてもその面影だけは残しておいて欲しいと思う。 将来自分が職を持ち、昔の街の風景が存在している場所で暮らせたらいいなあと書いててだんだん思ってきました。


街の風景−千葉県浦安市− 小田啓互
はじめに断っておくが、私は浦安市民ではない。だから地元ではない街について書くことは、きわめて陳腐なもので面白くはないのかもしれないことをご承知願いたい。
浦安市はかつて漁業を営む小さな集落地から急速に発展してきた街だ。昭和五十八年に開園した東京ディズニーランドによってこの街は日本のみならず世界的にも有名になった。余談ではあるが、ディズニー・ワールドがあるアメリカ合衆国フロリダ州のオーランド市と姉妹都市を提携しているそうだ。
そもそも私がこの街に始めて来たのはもう四年近く前のこと、地元の大学である明海大学の入学試験を受験するためだった。新浦安駅を下車して、当大学に向かうまでの歩行者専用の道路の幅がとても広い。そして、街路樹などの公共緑地によって、自動車の通る道路ときれいに区分されている。そのため新鮮な空気が味わえたこと、近代的な建物の中に緑がうまく溶け込まれていることにまた行きたい街だと思えるようになった。それ以来、時間を持て余してはよくこの街へ行くようになった。
新浦安駅から海岸部へ向かって歩くといたるところに高層マンションがそびえ立っている。今や浦安市は東京の一大ベッドタウンとして居住者が急激に増加している。そこの不動産も今が稼ぎ時といったところであろう。いつかは自分も浦安に住んでみたいと思っている。ただ新築マンションの前では警備員がやたら多かったので、今は落ち着きがないのが残念ではある。
しかし東京湾に面する海岸部はうってかわって落ち着いている。住民の散歩に最も適しているスポットだと思う。平日は人もまばらで本当に静かだ。近くに高校があり、ここで東京湾をバックに勉強や部活に打ち込められることは自分にとって夢のような話だ。
これまで日本のいろいろな街を徘徊してきたけれど、浦安市ほど活気さと静かさの両方を兼ねそろえた街はないと思う。それはまだ住民が少なく、成長中であるからかもしれない。だからこそ浦安市に住むことは今が買い時であることと、高層マンションのベランダから眺める東京湾は絶景であるに違いないので、不動産のまわしやではないけれど、とにかくオススメの街である。


「小岩」  築地 美沙
 橋をひとつ渡り、まだウトウトする余裕がある。少しして急に鉄橋を渡るけたたましい音と揺れを感じて、意識がはっきりとする。いつもの合図だ。人の乗り降りがはげしいこの駅には、いつも多種多様な人間があふれていると思う。少し寝ぼけまなこで、客観的に群れを眺めながら、その一員にとなって進んでいく。気づくと群れはちり、ひらけた外の空間にひとりいた。
 ロータリーの中心部には大きな木が二本ある。あと、1ヶ月もすれば、イルミネーションで飾り付けられて華やかに変身することだろう。木陰の石段には、買い物帰りなのか年配の女性が二人楽しそうにしている。人も多いし、そろそろ、バスやタクシーを待つ人の列が長くなってきているから帰宅ラッシュの時間なのだろう。列をくぐりぬけてみる。駅からは三本の大通りがのびていて、私はそのうちの中心の道を選んで歩いていく。
 人も自転車もそれなりに多いが、決してさわがしいわけではない。おだやかな商店街。今日はケーキ屋に札がかかっている!「アップルパイあります」。焼きたてが格別においしい。私の家族のお気に入りだ。いつも作られているわけではないので貴重な日だ。もしかしたらという期待。
すぐに、セブンイレブンがみえてきて寄ろうかどうか迷うところだ。何か買わなくてはいけないものはないかすぐに、チェックする。でも隣の焼き鳥屋のおいしそうな匂いに惹かれてそれは中断されることが多い。いけないと思いなおし、見ないように反対に意識をやる。ここはいつ、空き地になったのだったか。この間まで八百屋だった。つい最近な気もするし、とても懐かしく思い出される気もする。店と店にはさまれてポツンとからっぽのその空き地はなんだかとてもさみしい。
 そのまま歩いていけば、レンタルビデオ屋とパン屋と薬局があるけれど。寄り道は長くなる可能性が大きい。少し考えて、私は横道に入る。すぐに右側から圧迫を感じたので、見上げてみると、お寺の高い壁の上からうっそうと茂った緑が襲いかかってくるかのようだ。今時めずらしい金魚屋さん。水槽のモーターの音を横耳で聞き流しつつ、ちょっとほっとした気分になる。駐車場横の路地を入ると、隣の家のベランダから犬のハナちゃんが軽く吠えておでむかえ。電気がついているのを確認して門の鍵をあける。
  ただいまー!
  そこにはやっぱり、アップルパイがあって紅茶がちょうど入れたてだったりする。寄り道しないでよかった。


街の風景 高津真一郎
 電車から駅へと降り、階段を上り改札を出た。そして右にある階段をくだりそこにあるベンチへと腰をおろした。そしてタバコを取り出し、それに火をつけた。あたりは夕日ももうすぐ沈んしまいそうなくらいの時間になっていた。
 左の奥には一本の向こうへと伸びる道路がある。どうやらその先には大通りがあるらしく向こうの方はなんだかにぎやかである。そしてその通りに向かって人々がいそいそと早足で私の横をとおり過ぎていく。
 ひとりの男が携帯電話でなにやら話しをしている。その内容はどうやら仕事のようで、電話しながらメモをとっていた。そして向こうの大通りからこっちへ向かってくる友達らしき二人組みがいた。どうやら駅へと向かっているようでいつまでも話しが尽きないくらいよくしゃべっていて、とても楽しそうな顔をしていた。
 正面を見るとそこには噴水が優雅ないでたちでそこにズシンと身構えていた。その噴水は見るからに古そうであり、水がちょろちょろと出ており、その歴史の重みを感じることが出来た。そしてその噴水の脇には女子高生の二人組みが堂々とそこに座って世間話をしていた。噴水と女子高生との間にはジェネレーションギャップということはあてはまらないのである。そしてその噴水の奥では、待ち合わせをしていると男がタバコを吸いながら時計を何回も見ている。どうやらかなりの時間まっているのだろう。あたりが少し暗い為、そのタバコの火がなんともきれいに見えた。
 階段の上からなんとも騒がしい集団の声があたりに響いた。小学生のお帰りのようである。あたりが暗くなるにつれ、お店の電気もだんだんと活気にあふれてきた。右の方に一本の道が向こうの方まで続いており、その向こうの方向から自動車が何台もやってくる。そして歩いて向こうの方から歩いてくる人の手にはビニール袋。どうやら向こうの方にはスーパーがあるようだ。この時間から言って主婦の人たちがよるご飯の買い物に行っていたのであろう。
 駅には自然と人々が集まり、そしてやさしく迎えてくれる。まるでそれは街の中で輝くひとすじの光のようにも見えた。ふと自分の手に目をやるとタバコの灰が落ちかかっていた。


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