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「地雷を踏んだらサヨウナラ」
若林菜津子


  • あるレンタルビデオ屋に行ったら、店内におすすめの映画の情報が流れていた。「もうすごく感動して、ラストは涙でスクリーンが見えなくなった程」らしい。私もその映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」を見た事があるが、私の素直な感想は「イマイチ」だった。それにも関わらず、何故か私は映画を見た後、原作となった本を購入し、その映画の主人公である一ノ瀬泰造氏の写真展にも足を運び、更には同じ映画を再び見に行った。映画に対する不満はあったものの、戦場カメラマンとしての一ノ瀬泰造という人物の生き方、そして命をかけて撮った写真の数々には、言い表せない程の魅力を感じたからだろう。
  • 映画の内容を簡単にまとめると「1970年代初頭のカンボジア・ベトナムで命の危険をも顧みず、自由と栄光と金のために写真を撮り続けたカメラマン、一ノ瀬泰造が処刑されるまで」の話である。まず、この映画の最大の魅力といえば、一ノ瀬氏のその真っ直ぐな生き方である。26歳という若さで命を落とした一ノ瀬氏の一見無謀で、でもこの上なく価値のある生き方には心が動かされるものがある。また、26歳という若さには親近感すら覚える。無論、戦争映画的要素も含んでいるので戦闘シーンも魅力の1つだろうが、やはり最大の魅力は題材となった一ノ瀬氏の人生であり、行動力であろう。音楽や役者もすごく映画に合っていて、事音楽に関しては、CDを出して欲しいと思った程だ。
  • では、私が不満を感じたのはどこかというと、それはストーリーである。例えば、映画の題名となった「地雷を踏んだらサヨウナラ」という言葉は、映画の中だとカンボジア人の友人に言ったことになっているが、実際は日本の友人宛の手紙の中で書かれてていたという。他にも何点か省略されるべきでない所が省略され、また脚色されていた。
  • この映画は戦争映画ではなく、ある1人の人の生涯のほんの後半部分を描いた作品である。しかし、映画を見る限りでは「命をかけてまでなぜ写真を撮り続けた」かが良く分からない。その点にも不満を感じた。
  • それに比べ、一ノ瀬泰造氏の写真展を見に行った時の衝撃はすごかった。彼が命をかけて撮った写真の数々には戦争の残酷さよりも、人としての温かさや強さが表現されていた。張り詰めた顔、喜んだ顔、悲しんだ顔、感情を無くした顔といった様々な感情・表情が溢れていた。写真と一緒に悲しい気持ちになったり、嬉しくなったりもできた。また、その被写体となっている人達の目は力強く、思わずジェラシーを感じた程だ。
  • そしてもう1つ、この映画を見て不満に感じた事がある。それは自分自身に対してだ。それは一ノ瀬氏の様に真っ直ぐ生きていない自分に対し憤りを感じているからだと思う。「自分は何がしたいんだろう」「自分は何で何もしてないんだろう」。様々な問いかけが浮かんでくる。その問いに対し明瞭に答えられるようになったら、もう少し素直にこの映画を楽しめるだろうなとも思う。
  • いろいろ不満を並べたが、私はこの映画が好きである。内容としては、「イマイチ」だと思う。だが、私はこの映画のおかげでいろいろな事を考える事ができたし、また改めて、今の自分の現状を知ることができた。満足はしなくても、見て実りの有る映画がこの「地雷を踏んだらサヨウナラ」だと思う。