さ行

※さいとう よしみ※

◎斎藤吉見 『倒産』 講談社文庫、1986年

◆建設業界。長野県に本拠を置く金井建設は、創業者金井英三郎のもとで、地元の優良企業として発展する。しかし、彼の死去に伴い、長男の健一郎が社長のポストに付いた頃から経営が思わしくなくなり、ついに倒産の憂き目に遭遇する。本書は、同社の倒産に至るプロセス、倒産における利害関係者の思惑や行動、整理の過程を、法律上の知識を背景にして、丹念に描いている。また、本書は、津留六平の『再建工作』とともに、1979年に発表された第一回日経・経済小説賞の受賞作である。原題は、『終末の咆哮』(同年、日本経済新聞社から刊行)。

※さかいや たいち※

◎堺屋太一 『世紀末の風景』 文藝春秋、1985年

◆85年に10年後の姿を予測して書かれた近未来小説。三つの短編小説が収録されているが、いずれも団塊の世代が40歳代後半から50歳代前半にさしかかる時期を扱っている。その十年間に、人口構造のみならず、技術や産業構造の面でも大きな変化がみられ、これまでのようなエリートはもはや通用しなくなり、彼らの多くは戸惑いのなかに失望を味わうことになるだろうと予想されている。また、90年代に入って年功賃金と終身雇用が急速に解体していくことも、予見されている。

◎堺屋太一 『団塊の世代』 文春文庫、1980年  

◆1947年から49年に生まれた「団塊の世代」を描いた近未来経済小説。電機・自動車・銀行・官庁を舞台にした四つの話から構成。著者は、1980年の時点で,現在のリストラ問題(=「ミドル・バーゲン」)を予測していたのであろうか?本書を読むと、戦後の日本経済の大まかな流れやその弱点(エネルギー問題・食糧問題・高齢化問題など)、石油ショックの インパクト・需要構造の変化、企業の多角化、エリートの挫折、中間管理職の苦悩、家庭の大切さ、外部から送り込まれた「進駐軍」と生え抜きの「民族派」との対立などがよく理解できる。21世紀から見れば、かつての高度成長を生み出した人たちは、日本経済を発展させた「功労者」ではなく、まだまだ余力があった時期を無為無策に過し、ツケを将来に繰り延べた「責任者」として考えられるかも知れない。

◎堺屋太一 『破断界』 文春文庫、1979年  

◆オイルショック以降の日本経済の将来を描いた「近未来経済小説」。初刊本は、76年に実業之日本社から刊行。   

◎堺屋太一 『ひび割れた虹』 文春文庫、1982年 

◆日米経済摩擦。日米間の国際協調(=「虹」)が壊れてしまうとどうなるのかを経済摩擦という形で描いた、いわば「当たってしまった」近未来小説。

◎堺屋太一 『平成三十年』 上下巻、朝日新聞社、2002年

◆平成30年、時の産業情報大臣・織田信介は、斬新な発想で日本大改革運動を起こす。すべての法律の有効期限を10年とすること、国家公務員の10年任期制、5年以内の首都機能の移転、国税・歳出・公務員数の半減、「無税・無規制・無国籍のフリーゾーンの設定」、医療・土地流通・建築・農耕・教育の自由化などがその内容である。ところが、改革とは、従来の慣例・格式・バランスを崩すことであるにもかかわらす、それらにこだわる官僚たちの動きは緩慢である。むしろ最大の「抵抗勢力」となる。改革案をめぐる攻防が楽しめるし、平成30年前後の日本経済についての示唆に富んだ未来像が描かれている。

◎堺屋太一 『向かい風の朝』 朝日文芸文庫、1997年

◆1994年9月4日、大阪湾の東南、泉州沖に日本初の24時間空港であり、本格的な内外共用空港である関西空港が開港した。この作品は、完成したばかりの関西空港を舞台にした近未来小説である。初刊本は、94年に朝日新聞社から刊行。   

◎堺屋太一 『油断!』 文春文庫、1978年    

◆エネルギー問題。「もし、石油が断たれたら…」。国民生活や経済活動が徐々に麻痺していくプロセスが、化学的な調査の結果をふまえて叙述されている。具体的に言えば、もし日本への石油輸入が三割に減ると、「200日間に、3000万人の生命と全国民財産の七割が失われる」と予測されている。十分な備蓄もなく、「保険」もかけずに、「石油漬け」の生活を続けている日本人に対する警鐘の書である。元通算官僚であった著者ならではの内容になっている。

※さかき とうこう※

◎榊 東行 『三本の矢』 上下巻、早川書房、1998年

◆大蔵省内における主計・主税・官房といった財政部局(いわゆる二階組)と、銀行・証券・国際金融といった金融部局(いわゆる四階組)との激しい省内抗争が浮き彫りにされている。そして、政・官・財という「三本の矢」が新しい変革を容易に受けつけない日本という強固なシステムを作り上げている、という実態を描いている。

※さかもと ゆうじ※

◎坂元裕二(脚本)、古沢 保(ノベライズ) 『チェイス 国税査察官』 学研パブリッシング、2010年

◆税金と脱税の物語。海外を利用した数々の脱税スキームが登場。「カリブの手品師」と呼ばれる天才脱税コンサルタント村雲修次は、6000億円という巨額の遺産を相続する檜山基一の相続税を消し去るという、途方もないスキームに取り掛かる。一方、国税査察官の春馬草輔(40歳)は執拗な調査で革新に迫っていく。2010年4―5月に放送されたNKH土曜ドラマ『チェイス 国税査察官』の原作本。

※さき りゅうぞう※

◎佐木隆三 『冷えた鋼塊』 上下巻、集英社文庫、1983年

◆鉄鋼業界。作者自身の分身とも言うべき文学青年の枝光と、人妻の佐藤由佳との恋愛を一つの軸にしている。同時に、世界最先端の生産技術を有し、合理化も行きつくところまでやり尽くした感がある日本の鉄鋼会社(新日本製鉄がモデル)が直面する問題を描き出している。初刊本は、81年に集英社から刊行。

※さきむら かん※

◎咲村 観 『ガラスの椅子 小説中間管理職』 角川文庫、1982年

◆中間管理職の悲哀・喜びを描いた短編小説を集めたもの。いろいろな課長が登場するので、一種の「課長の仕事のマニュアル」のような内容にもなっている。

◎咲村 観 『経営者失格』 講談社文庫、1981年    

◆アパレル業界。有名なデザイナーではあるが、経営感覚を見失った・一流意識を持った人物による、会社の経営とその挫折。石津謙介によって率いられた「VAN」の倒産劇がモデル。

◎咲村 観 『左遷』 徳間文庫、1981年)   

◆オイルショックのプロセス・そのインパクトが見事に描かれている。また、中間管理職の悲哀が浮き彫りにされている。初刊本は、77年に筑摩書房から刊行。

◎咲村 観 『重役奮闘日誌』 徳間文庫、1994年 

◆総合商社。1985年のG5以降円高と輸出不振という深刻な事態のなかで、株式や土地などの財テクを含めなりふりかまわず稼がなければならなくなった商社の状況が、よく描かれている。もっとも、本書の特徴は、そうした商社の業務内容の紹介にあるのではなく、昇進をめざす取締役のメンバー同士の駆け引きと思惑、昇進できたときの心理を赤裸々に描写することにあると言えるだろう。原題は、88年に徳間書店から刊行された『重役の日誌』。

◎咲村 観 『商社一族 小説穀物戦争』 講談社文庫、1983年

◆わが国の穀物自給率は、すでに40%を切っており、先進国のなかでも最低の水準であった。もし食糧危機に陥ったら、いったいどのようなことが起こるのであろうか?本書は、穀物の輸入が大幅に削減されたらどうなるかを描いた「警告小説」である。堺屋太一の『油断!』の食糧版とも言うべき作品。

◎咲村 観 『商戦』 講談社文庫、1982年

◆総合商社。高度成長期に各地の貿易港で建造されたコンテナ埠頭で活用される、荷役機器(トランステーナと呼ばれるコンテナ荷役用の門型走行クレーン)の利権独占をめざして、二つの商社の間で繰り広げられる壮絶な商戦の様子、その関連で生じた大物政治家・総会屋を巻き込んだ疑獄事件(外国の取引先を活用した政治資金の創出)、そして、スキャンダルが表に晒された時の企業のトップの対応などが、東大法学部出身の三人の男の「友情」と絡めてリアルに描かれている。

◎咲村 観 『常務会紛糾す』 講談社文庫、1984年

◆オイル・ショックを契機として「冬の時代」に入った総合商社で、経営陣の古い体質と対抗しながらも、新しい方向を模索し、経営刷新への執念を燃やした商社マンの姿を描いた作品。初刊本は、80年に講談社から刊行。この作品を読めば、時の流れというものは、あとで振り返れば簡単に確認できるが、当事者がそれを予測しながら行動に移すことは、いかに困難を極めるのかがよく理解できる。

◎咲村 観 『人事課長の憂鬱』 徳間文庫、1985年

◆学閥や伝統的な経営感覚が支配する海運会社にあって、出世の可能性を追求しつつも、労働組合との交渉に苦労する海運会社の人事課長を扱った表題作の「人事課長の憂鬱」をはじめとする短編集。原題は 、82年に双葉社から刊行された『三十にして立てず』。

◎咲村 観 『断絶』 講談社、1982年

◆1975年、45歳になった主人公の川島耕平は、出世を夢見ながら、浪速通運本店課長になって四年目を迎えていた。が、若いときの不摂生もあって、健康面で最悪の状態に陥り、結局、入院・退職の道を選ぶ。待っていたのはどん底の生活でった。東大卒の優秀社員であったという過去など、何の糧にもならない現実。ところが、「小説でも書いてみたらどうだ」というアドヴァイスにしたがって、経済小説の『左遷』を執筆。やっと生活の不安から解放され、二作目の『商戦』を完成し、小説家に転身。家族との「断絶」を克服できそうな感触を得るまでに経験したことを書いた著者の自伝的作品。

◎咲村 観 『メインバンク』 講談社文庫、1985年

◆銀行および商社。典型的な同族企業であった安宅産業の崩壊および伊藤忠への吸収合併(1977年10月)が、モデル。そのプロセスを、メインバンクである住友銀行の視点から想定して描いている。安宅産業の倒産劇を描いた書物や記事は数多くあるが、本書はそれを銀行の視点から描いた少ない事例となっている。「銀行が業務管理に乗り出すと、世間はすぐに弱い者いじめだと決めつける。しかし、実態はそんなものではないのだ」。

◎咲村 観 『燃えよ、経営魂』 講談社文庫、1990年

◆敗戦時に無一文であった主人公の宮本成吉は、永大百貨店から子会社の永大物産に出向する。そこは彼を含めて、従業員4名の零細企業であった。しかし、儲かるならば、「なんでも手がけてよいという方針」のもと、薬品の納入から始まり、喫茶店やうどん店の経営、背広地などの繊維製品の取引、不動産業、スーパーマーケット、外食産業、バイオテクノロジー、ファイナンスなどの諸分野に手を広げていく。そして、最後には、大阪駅前の曾根崎に地上32階、地下4階の巨大な本社ビルを建造するに至る。永大物産の発展に視点をおき、戦争直後の混乱期から始まって、高度成長、オイルショックを経て、バブルの時代に至るまでの「戦後経済史」が描かれている。原題は、87年に講談社から刊行された『千軍万馬』。

◎咲村 観 『ライバル』 角川文庫、1985年

◆総合商社。十大商社の一角をなす「日本物産」に昭和28年入社の東大出身エリート社員。彼を軸にして、同期入社の人達との激しい「出世レース」を、当事者の心理描写とともに見事に描き出している。初刊本は、82年にカドカワノベルズとして刊行。

※ささき さとし※

◎佐々木 敏 『ゲノムの方舟』 上下巻、徳間文庫、2003年

◆ヒトゲノム解読の成果を踏まえ、人口問題・バイオテロを扱った国際サスペンス小説。国連の推計によれば、2050年、地球人口は93億人。その半分の50億人近くはイスラム教徒。このまま人口が増えつづけると、水・エネルギー・食糧が不足し、それらを巡って、紛争が多発する。では、どうするのか? 人口抑制策、出産抑制策が不可欠になるのか!

※ささき じょう※

◎佐々木 譲 『カウントダウン』 毎日新聞社、2010年

◆財政難と地方自治体の活性化。北海道の夕張市に隣接する幌岡市は、多選のワンマン市長・太田原昭夫による愚政が続いたせいで、財政破綻に直面していた。巧みな借入金処理で市の債務を隠し続けてきたが、とうとう財政破綻が白日のもとに晒されることに。にもかかわらず、彼は六選をめざそうとする。それに対して、最年少市議で司法書士の森下直樹とその仲間が打倒太田原を期し、結集して立ち上がる。

◎佐々木 譲 『疾駆する夢』 小学館、2002年

◆クルマづくりに精魂を傾けた主人公・多門大作の半生を描きながら、戦後の時の流れを克明に描ききった大作。始まりは、終戦直後の混乱の中。何もなかったが、男たちの熱気やエネルギーには満ち溢れていた。クルマから見た戦後史。戦後における日本の自動車産業が抱えた問題・課題がどのようなもので、それらがどのようにして解決されていったのかが非常によくわかる。自動車メーカーの運命。それが綱渡りの連続であったことを理解できるだろう。

※ささご かつや※

◎笹子勝哉 『銀行総務部』 徳間文庫、1997年

◆銀行。大蔵事務次官から天下りしたワンマン頭取の「情実融資」を総会屋にかぎつかれて総務部長が苦労する、という実際にあった話をモデルにして書かれたと言われている。神奈川県に本店を置く地方銀行上位の総務部長が主人公。原題は、95年にイースト・プレスから刊行された『総務の男』。

◎笹子勝哉 『頭取敗れたり 小説銀行合併』 講談社文庫、1987年

◆三井銀行を連想させる五井銀行と、三和銀行を連想させる東和銀行の合併話、および「田中角栄を思わせる元首相の田上栄三」と「大平正芳らしい現首相の大原正紀」という「盟友」同士の角逐を軸にして、物語が展開する。主人公である五井銀行頭取の大山剛造のモデルは、三井銀行の小山五郎である。もし三和銀行と三井銀行の合併劇がありえたとすると、いかなる状況のもとで、なされたのであろうか?初刊本は、80年に学陽書房から刊行。

◎笹子勝哉 『ノンバンク崩壊』 イースト文庫、1993年

◆バブル崩壊後に、「独立系」ノンバンクではトップクラスの地位を確保していた「日本貿易ファイナンス」(57年創設。明治30年に創設され、戦時中は国策銀行であった台南銀行が母体)が、大蔵省と族議員(衆議院の大蔵委員長を務めたことのある大物代議士)の無理難題な要求(大蔵省からの天下りの受け入れ、ノンバンクへの規制の強化をちらつかせながらの政治献金の要求、代議士のカネずるであったあるデベロッパーへの融資の「依頼」、大蔵省による強制検査)によって痛めつけられた後、「陰謀」によって崩壊するまでの過程を描いている。本書を通じてノンバンクの戦後史がよくわかる。

※ささやま きゅうぞう※

◎笹山久三 『郵便屋の涙』 河出書房新社、1998年

◆郵便配達の世界が描かれている。誤配、交通事故への不安、表札が出ていないときの苦労、職場での人間関係、組合との関係など、郵便屋さんの毎日の仕事内容がよくわかる。また、「人事交流」という名の「強制配転」、「当局とひとつになってしまったような組合」「腕章・ネクタイの着用、職場でのサンダル履禁止」、新型区分機の導入をめぐる事情など、苛酷な労働現場実態を、郵便局に勤務する著者がえぐりだす。

※さとう よしのり※

◎佐藤義典 『新人OL、つぶれかけの会社をまかされる』 青春出版社、2010年

◆経営コンサルタントによるビジネス・ノベル。倒産寸前のイタリアンレストランを再建を託されたのは、広岡商事の新規企画室に勤める売多真子、25歳。まだ勤め始めて1ケ月しか経っていない。しかも、2ケ月のうちに、取締役会が納得できる改善策が出ない場合は、新規企画室は解散し、店も閉店となる。真子は、コンサルティング会社を経営している親戚の売多勝の助けを借りながら、店の再生に挑む!

※しおた まるお※

◎塩田丸男 『社長になるぞ!』 (光文社文庫、1989年)

◆プレハブ・メーカーである友光ホームズ(友光電器の子会社)の大阪支社万年係長と言われた井浦兆一を主人公にした、「サラリーマン・ドリーム小説」。井浦は、41歳でやっと資材管理課長になった。倉庫番にすぎないポストであったが、「おれは社長になるんだ。絶対に!」と妻の前で言い放ち、やがて「社長」というあだ名を貰うことになる。初刊本は、85年に光文社から刊行。

※しおみ かおる※

◎汐見 薫 『ガイシの女』 講談社、2007年

◆東京の大手町にあるアーバン・クリスタルビルディングの通称はガイシビル。主人公である34歳の岩本杏子の勤務先は、そのビルの三階に入っているバーモット・トラスト東京支店。一般的には、外資系の女子社員は、ばりばり働くキャリアウーマン、能力次第でどんどんキャリアアップというイメージがあるが、果たしてその内実は? イメージ、プライド、使い捨て要員、不甲斐なさ、実態は? 兄の突然死の真相を探りながら、外国系企業で働く女子社員の視点から日本の金融界の後進性、部下に責任転嫁する会社役員の無責任ぶりなどが浮き彫りにされていく。

◎汐見 薫 『白い手の残像』 ダイヤモンド社、2004年

◆東経新聞経済部記者の広瀬智也と80歳を過ぎた謎の老人(元検事)。物語は、二人が高給料亭「香林」の経営者・九条真知子の「墜落死」を、目の前で目撃したことから始まる。そして、彼らに、会計士を加えたメンバーが、新生理想銀行と沖田建設の癒着に渦巻く策謀を解き明かしていく。第1回ダイヤモンド経済小説大賞・優秀賞受賞作。

◎汐見 薫 『リストラに乾杯!』 廣済堂出版、2010年

◆リストラにあったモーレツ銀行マンの心情、妻のスタンス、会社・組織から離れた人間の不安定さが描かれている。丸の内フェニックス銀行名古屋支店・営業第二部長の森山二郎(51歳)は、ある日突然、支店長の横島明弘から総合レジャー会社のオーシャン倶楽部(未上場の厚生施設)東京本社への一方的な転出を通告される。

※しぶさわ かずき※

◎渋沢和樹 『銹色の警鐘』 中央公論社、1997年

◆アメリカで開発された衛星を使い、1分間30セントという低料金でのデジタル通信サービスがスタートする。その受け皿となるPDA、つまり、携帯情報端末の開発をめぐって展開されるアメリカの巨大通信機器メーカーと日本の中小企業連合の開発競争。本書は、台湾・日本・アメリカを舞台にして激化する、国際的な新技術の開発競争に潜む暗部を浮き彫りにしている。中小企業の職人たちの底力、モノづくりの喜びや夢にも言及されている。

※しま たかし※

◎志摩 峻 『ザ・リコール』 ダイヤモンド社、2006年

◆リコール隠しをめぐって、@自動車メーカー・損害保険会社・監督行政の利権を手放すまいとするエリート官僚の結託、Aそれをネタに甘い汁を吸おうとする暴力団、Bそうした腐敗と癒着の構図につぶされていくユーザー・被害者の苦悩が描かれている。内部告発に至るまでにはどのような推移があるのかという視点で読むこともできるだろう。

※しまだ けんざぶろう※

◎嶋田賢三郎 『ダブル・クライシス』 徳間文庫、2010年

◆シーズンを過ぎれば売れ残った商品は無価値も同然になるので、「リスクが服を着ている」と称されるアパレル業界が舞台。大手アパレルメーカー、ラトゥール社のワンマン会長の能勢龍治郎は、過剰な不良在庫を抱え、経営危機にひんしているラトゥールを再興するため、独自の通信販売網を有するインナーメーカーを手に入れようとし、M&Aを仕掛けようとする。しかし、それは破滅への序曲であった。

※しみず いっこう※

◎清水一行 『ITの踊り』 光文社文庫、2004年

◆企業合併や企業買収の嵐が吹き荒れる最近の時代環境を背景に、大手ゲーム機器メーカーのカリスマ会長が描く壮大な夢と野心。そこに繰り広げられる企業合併の具体的な成り行き・裏事情がリアルに描かれている。主人公の秋葉秀二は、大手ゲーム機器メーカー、パンドラの広報部次長。人柄の良さを親会社であるTIS会長で、パンドラの会長を兼ねるカリスマ経営者の吉原に見込まれる。そして、「パンドラの天皇」と呼ばれるワンマン社長・平井のスパイ役をおおせつかる。その連絡役が、謎の女・宮川恭子。 もう一つ彼に下された命令とは、大手玩具メーカーアラジン(「育てっち」のヒットで業績好調な同族会社)との合併の推進であった。合併が実現すれば、世界的なアミューズメント企業が誕生する。出世欲や愛社精神ではなく、カリスマ会長の命がけの夢を何とか実現させたいと願う秋葉。だが、両社の社風の違いは、越え難いほど大きかった。

◎清水一行 『悪名集団』 角川文庫、1992年

◆広島出身の駆け出し総会屋である九島喬司が、「元老支配」の総会屋社会に挑戦する。大半を身内で固めつつ、荒っぽい総会運営を武器に次第に力をつけていく。「出入り自由」ということで周辺には数十名近くの総会屋が集まり、やがて「広島グループ」として企業に恐れられる存在になっていく過程、時期的には1966年頃から78年までが扱われている。初刊本は、82年に総会屋の存在を認めない改正商法が施行され、その衝撃がまだ収まっていない翌年『小説宝石』に連載された『仮装紳士』をベースにして、加筆改題が施され、84年に光文社のカッパ・ノベルスから刊行。

◎清水一行 『蟻の奈落』 角川文庫、1988年

◆岩手県水沢市に水沢第二工場という主力工場を有する陸中大和産業(東証第一部上場企業)を舞台に、地方選挙に沸き返る雰囲気のなかで仕組まれた倒産劇を描いた作品である。東北弁による会話体をふんだんに採り入れたスタイルが、作品に独特な趣をかもし出している。初刊本は、77年に刊行。

◎清水一行 『怒りの回路』 角川文庫、1983年

◆小売業界、家電業界。53年に家庭電化製品のディスカウント店を開業した主人公の反骨精神。「テレビ・冷蔵庫・洗濯機」がいわゆる「三種の神器」になる前であった当時、製造原価5万円のテレビが小売・卸売り業者のマージンなどを加え、14万円で販売されているという状況があった。また、法律では守る必要のない小売価格をメーカーが各種圧力で守らせるように動いていた。しかし、量産態勢が整い、参入する企業が増えてくると、メーカー側の結束も徐々に乱れはじめていった。また、「売らせてやるといった殿様商法」の上にあぐらをかいていたメーカーのなかから、杉山電器として登場する松下電器のように、販売店の系列化政策を採って、猛烈な市場制圧策を打ち出すところも現れた。

◎清水一行 『一億円の死角』 徳間文庫、1982年

◆自動車販売業界。「トヨタ自動車販売」の神谷正太郎を連想させる人物が主人公。神谷と言えば、トヨタのクルマを売りまくり、「販売のトヨタ」というキャッチフレーズを定着させ、トヨタ自工を日本一の自動車メーカーに躍進させた最大の功労者の一人として知られている。初刊本は、81年に徳間書店から刊行。

◎清水一行 『一瞬の寵児』 角川文庫、1997年

◆不動産業界。バブルの絶頂期に5000億円の財をなした不動産業界のある人物の半生が描かれている。「桃源社の佐佐木吉之助」がモデルか?

◎清水一行 『器に非ず』 角川文庫、1994年

◆自動車業界。本田技研工業がモデル。浜松の町工場から「世界のホンダ」に躍進していく過程を描いている。本田宗一郎がホンダ躍進の最大の功労者であることは、周知の事実であるが、ホンダの発展を支えたもう一つの条件として、本田宗一郎と藤沢武夫との連携プレーは、あまりにも有名である。本書のおもしろさは、「栄光のナンバー2」と呼ばれた藤沢武夫像に対して、これまでとは異なった「仮説」を示したことにある。初刊本は、91年に光文社文庫として刊行。

◎清水一行 『裏金』 角川文庫、1995年     

◆建設業界。ゼネコンの裏金対策の担当部長の苦悩が主題。

◎清水一行 『男の報酬』 祥伝社ノン・ノベル、1980年   

◆総合商社。奇怪な密室殺人事件の謎解きを軸にして、国際商戦にしのぎを削る一総合商社マンの孤独な肖像が描かれている。

◎清水一行 『女重役』 角川文庫、1991年  

◆百貨店業界。高島屋の女重役石原一子がモデル。

◎清水一行 『蔭の朽木』 徳間文庫、2002年

◆主人公の吉野広之は、準大手ゼネコン山興建設の営業部総括総務次長。第一線の営業マンであったが、ある日、無意識のうちに痴漢行為を行って、警察につきだされたことを契機に左遷される。結局は、業務命令で、埼玉県大宮営業所に飛ばされ、大宮・与野・浦和の三市が合併してできる市長選挙の運動の手足となって働くことになる。離婚や長男の不登校の心配をしながらも、陰湿な地方政治の世界にのめりこんでいく彼の、その後やいかに? 地方の市長選挙のオモテとウラの実態があますところなく描き出されている。

◎清水一行 『影法師』 角川文庫、1997年

◆大手洋酒メーカー・スノーウイスキーの社長・田原文七郎が、あるマンションから転落死した。自殺か他殺か? 真相解明の延長線上に浮き彫りになるのは、同族会社=持株組織の構造とそのスキャンダルであった。

◎清水一行 『合併人事 噂の安全車 集英社文庫、1981年

◆自動車業界。自動車メーカーに課せられた、マスキー法による75年規制をクリアーするという、厳しい目標をめざして開発された低公害の安全車をめぐる自動車業界の内幕を描いている。初刊本は、1973年に刊行された『噂の安全車』(祥伝社ノン・ノベル)である。

◎清水一行 『金まみれのシマ』 光文社文庫、2006年

◆大手証券会社で十年近く営業マンとしての経歴を重ねたものの、退社した。主人公の八島郁二は、お客を儲けさせ、自らも立ちゆくような商売をするため、歩合外務員(歩合は手数料収入の4割と決められている)を経て、ユタカ投資顧問会社を旗揚げする。仕手グループとして動かす資金は千億円に達し、創設後3年間の実績は投資家を大いに満足させるものであった。だが、仕手戦を仕掛けるには、まだまだ運用資金が必要であった。「乗っ取られるか、それとも対抗手段をとって阻止できるのか」…。仕手戦の攻防は極めて興味深い内容として読者を魅了するだろう。

◎清水一行 『兜町物語』 光文社文庫、1997年

◆証券業界。清水のデビュー作である『小説兜町』の続編ともいうべき小説。実名小説ではないが、日興証券(本のなかでは、興業証券)を舞台に、著者自身をモデルにした安部良治という人物(週刊誌の外部ライターで、特集記事のアンカーマン、つまり原稿のまとめ屋をしていたが、のちに小説家に転身)をはじめ、モデルが特定できそうな多くの人物が登場する。   

◎清水一行 『暴落(がら)』 集英社文庫、1993年

◆下請け企業の悲哀を描いた表題作、戦後初めてのベストセラーカーを製作した設計者の挫折を描く「戦車作戦」など、全部で五つの短編を収録。

◎清水一行 『擬制資本』 集英社文庫、1995年

◆証券業界。鉄骨メーカー。1979年12月から81年2月までに展開された、兜町史上最大の仕手戦と言われた実際の事件、つまり、加藤率いる「誠備グループ」(誠備投資顧問室)による「宮地鐵工所」の買い占め事件がモデルになっている。初刊本は、82年に徳間書店から刊行。

◎清水一行 『逆転の歯車』 角川文庫、1993年

◆総合商社。主人公の井関弘志は、貧しい農家の出ではあるが、明晰な頭脳と努力の結果、東大法学部に進学。その後、@肺結核による休職中に覚えた囲碁の趣味、Aアメリカの企業経営に関する独学での研究、B組合活動への関与、C自分が中心となる私的な勉強会を組織することなどを通して、会社のトップや同僚たちと接する機会に恵まれ、商社マンとして順調な出世を果たす。しかし、たまたま田中角栄首相に対して、ロッキード社からのワイロを運んだことから、国会喚問に召喚される。そうした経歴の丸紅の専務をモデルにして、彼の半生を浮き彫りにしている。初出は、1986年1月から7月まで月刊『宝石』に連載された『出世の道教えます』。

◎清水一行 『虚業集団』 光文社文庫、1996年

◆芳賀竜生(本の中では上条健策)がモデル。ある優良な東証第二部に上場されている中堅企業をカモにして、倒産に追い込んでしまう経済ギャング=詐欺師集団の生態を描いた作品。そこには、手形のパクリ屋、経済の情報屋、脅し屋、倒産を策動する叩き屋、清算屋、葬式屋、再建屋などの分野で専門的な特技を有した人材がいて、警察からは「知能ギャング」と称されていた。なお、本書は、処女作である『小説兜町』に次ぐ清水一行の第二作目の本で、初刊本は1968年に読売新聞出版局から刊行されている。彼が作家専業に踏み切る契機となった作品でもある。

◎清水一行 『虚構大学』 角川文庫、1985年 

◆「大学を一つ作ってくれ」という依頼から始まって、「自由経済大学」という名称の大学ができるまでのプロセス(国有林の払い下げ、文部省への必要書類の提出、寄付金の募集、校舎の建設、教授陣の確保、学生募集)が克明に紹介されている。

◎清水一行 『巨大企業』 角川文庫,1995年    

◆自動車業界。日本におけるモータリゼーションの黎明期に当たる1965年頃、自動車業界の覇者をめざして、二大メーカーは、激しい攻防を繰り返していた。本書は、二番手メーカーの 宣伝広報マンを主人公にして、湯水のように金をつぎ込んで広報活動を展開する当時の状況を を浮き彫りにしている。ブルーバード対コロナの「BC戦争」、サニー対カローラの販売合戦などを素材にした、トヨタと日産の販売競争がモデル。原題は、69年に講談社」 から刊行された『巨大企業の罠』。  

◎清水一行 『偶像本部』 角川文庫、1982年 

◆自動車業界における労働貴族の実態を描いたもの。日産のかつての労組の会長であり、自動車総連の会長でもあった塩路一郎がモデル。取締役から社長の人事にまで口出しをすると言われた男でもある。

◎清水一行 『君臨』 光文社文庫、1997年

◆頭取、会長として13年間も権力の座に君臨し続けた住友銀行の磯田一郎がモデルか?初刊本は、95年に光文社から刊行。   

◎清水一行 『系列』 集英社文庫、1995年

◆自動車業界。日本の自動車メーカーは,いわば「組立メーカー」であって、その傘下に多くの下請け企業を抱えているのが通例である。そうしたピラミッド型の組織のなかで、自動車メーカーは、20%以上の株を保有しつつ、下請け企業を従属させている場合が多い。事実上、生殺与奪の権を握っていると言っても過言ではない。本書が明らかにしているのは、系列部品メーカーにおける役員の年齢制限の押し付け、社長・重役の決定への関与、果てしなきコスト削減の要求など、親会社と下請け会社との関係である。NHKでドラマ化されている。初刊本は、92年に集英社から刊行。日産をモデルにした東京自動車と、市光工業をモデルにした自動車用ヘッドランプメーカーである大成照明器が登場する。

◎清水一行 『後継者』青樹社文庫、1995年

◆24人抜きで平取締役から一挙に社長になった松下電器産業の新社長をモデルにした表題作を含めて、8編の短編を収録。

◎清水一行 『極秘指令』 集英社文庫、1997年

◆自動車業界。バス・トラックの名門メーカーと外資の関係が描かれている。GMといすゞ自動車がモデルか? かつて自動車メーカーの「御三家」と言われた「共立自動車」は、戦後好調なバス・トラックの生産に力を注いだのであるが、結果としてマイカー時代の流れに乗り遅れることになった。

◎清水一行 『財界重鎮』 光文社文庫、1988年

◆経営者団体の幹部を期待される経営者と彼の不肖の息子の関係を描いた表題作とともに、全部で八つの短編が収録されている。

◎清水一行 『最年少重役』 青樹社文庫、1994年

◆1970年代の「公害の時代」に初出発表された七つの短編が収録。出世、社長の座をめぐる抗争、詐欺、癌への不安、公害などがモチーフとなっている。

◎清水一行 『殺人念書』 角川文庫、1981年 

◆鉄鋼業界。十数年間にも及ぶ「日本一」の粉飾決算をした後、無計画な設備投資を行い、1965年に倒産した「山陽特殊鋼」の超ワンマン社長であった荻野一がモデル。物語の一つの軸に、1969年から二年おきの三月三日に四人の人間が殺されると いう推理小説的な手法が盛り込まれている。初刊本は、75年に祥伝社から刊行された『雛の葬列』。

◎清水一行 『支店長の遺書』 集英社文庫、1984年

◆銀行業界。ある地方銀行の新宿支店を舞台にして起こった事件の真相が解明されていく。初刊本は、81年に光文社から刊行された『憤死』。

◎清水一行 『社命』 徳間文庫、1990年

◆1979年10月2日に成田空港で起きた国際電信電話株式会社(KDD、1953年創設)の贈答品密輸事件(のちに郵政省を舞台にした贈収賄事件に発展)に材をとった作品。初刊本は、87年に徳間書店から刊行された『社命犯罪』。

◎清水一行 『重役室』 角川文庫、1982年 

◆自動車業界。社長の急死によって始まった次期社長の椅子をめぐる重役たちの暗躍。自家用車よりもトラックやバスへの需要が多かったモータリゼーションの黎明期。従来トラックやバスをメインにし、乗用車に関しては、外国資本と提携して「準国産車」を生産していたあるメーカーが、「国産車」の生産をめざすということが軸になって、話が展開されている。かつて「御三家」と言われた自動車業界の名門企業がモデルになっている。

◎清水一行 『小説財界』 集英社文庫、1988年  

◆1981年、大阪商工会議所を舞台に演じられた会頭の座をめぐる壮絶な闘争劇がモデル。勲章とも連動する会頭のポストは、財界人の野心と名誉欲のいわば到達点である。そのために、さまざまな暗躍が繰り広げられる。そして、そこに到達した者は、今度はなんとかしてその地位に踏みとどまろうとする。

◎清水一行 『小説兜町(しま)』 角川文庫、1983年

◆証券業界。日本資本主義のメッカである、株の町・兜町。そこで「最後の相場師」と言われつつも、最終的には1963年の板野通達(証券会社を登録制から許可制に変更)を契機に促進 された「株屋から証券会社への近代化」の過程で、証券会社を追われていく男(日興証券営業部長の斎藤博司)をモデルに、彼の波瀾万丈の生涯、および株の持つ「妖しい魅力」が描かれている。初刊本は、66年に三一書房から刊行。清水一行のデビュー作。   

◎清水一行 『女帝 小説・尾上縫』 朝日新聞社、1993年

◆経済とか株とかにまったく知識がなかったにもかかわらず、バブルの時代に「女相場」として噂された、料亭の女将尾上縫の半生を描いた作品。彼女が、薦められるがままに借りた金額が5年間でなんと2兆7700億円に及んでいる!バブルという時代が醸し出した雰囲気が見事に描かれている。

◎清水一行 『世襲企業』 集英社文庫、1993年 

◆自動車業界。広島にある後発の三輪トラック・四輪小型トラック・メーカーから、乗用車を主力とする総合自動車メーカーに脱皮することは、大東自動車(マツダがモデル)にとっての悲願であった。そこで、二代目ワンマン社長は、バンケル研究所に莫大な特許料を支払って、世界初のロータリーエンジンの実用化をめざした。莫大な資金を投入し、1967年に至ってついにロータリーエンジンを搭載したコスモスポーツが発表される。しばらくの間、事態は好調に推移した。ところが、思わぬところから暗雲が広がった。オイルショックである。初刊本は、90年に光文社から刊行。

◎清水一行 『相続人の妻』 角川文庫、1996年

◆兜町の伝説的な相場師であった創業者の玉木文吉から、準大手の玉文証券を引き継いだ二代目オーナー社長玉木由晴は、プライドだけが高くて、経営能力に乏しい。そして、妻の典代にはまったく頭が上がらない。初刊本は、94年に角川書店から刊行。

◎清水一行 『闘いへの執着』 光文社文庫、1986年

◆主人公の笹沼金一郎は、日本最大の製パン会社である本州食品(敗戦後の食糧難の時代に、数人の従業員で始め、パン食の普及に伴い急成長する)の創業者であり、超ワンマン社長である。初刊本は、83年にカッパ・ノベルズ(光文社)から刊行。

◎清水一行 『血の河』 角川文庫、1981年 

◆建設業界。創業者の社長の死後経営の実権を掌握しようとする、同族会社ゆえに起こるすさまじい血族の葛藤。前近代的な骨格を内蔵したまま、形だけ近代的企業に脱皮したどうしようもない体質を建設業に集約させながら、同族企業の一面を描き出している。

◎清水一行 『動機』 集英社文庫、1980年 

◆銀行業界。エリート銀行員の栄光と挫折が描かれている。銀行の業務内容や内部の出世レースがよく理解できる。

◎清水一行 『同族企業』 角川文庫、1983年 

◆ヤマハの二代目ワンマン社長川上源一をモデルに、同族企業と言われている企業の内幕が描かれている。

◎清水一行 『頭取室』 光文社文庫、1984年 

◆銀行業界。別名「頼母子講(たのもしこう)」と呼ばれた無尽は、相互扶助の目的のもとに講員を組織する庶民金融機関であったが、1951年の相互銀行法の公布によって、その大部分が相互銀行に転換した。その法律に従えば、相互銀行は相互扶助的な地域金融を受け持ち、従業員300人以下、資本金4億円以下の中小企業向けの金融機関とされた。本書では、そうし たある相互銀行に入った野心的な男が、手練手管の限りを尽くして派閥を形成し、資金量を拡大し、容赦なく敵を切り捨て、やがて45歳で頭取の座を獲得する過程が描かれている。「東京相和銀行」(前東京相互銀行)がモデルと言われている。

◎清水一行 『頭取の権力』 角川文庫、1996年

◆銀行。ひょんなことから大手都市銀行西阪銀行の頭取になった男。その人間臭い庶民的な人柄が、権力の魔性にとりつかれ次第に権力的なものに変化していくプロセスを描いたもの。初刊本は、92年に徳間文庫から刊行。

◎清水一行 『背信重役』 集英社文庫、1981年 

◆石油化学業界。かつては高度成長をリードした石油化学工業も、熾烈な設備戦争の結果、過剰生産と構造不況に直面していた。1956年に創設された千代田油化の社長追放劇が描かれている。初刊本は、78年に光文社から刊行 。

◎清水一行 『花の嵐』 上下巻、角川文庫、1993年

◆「昭和の政商」と言われた小佐野賢治の波乱の生涯を描いた物語。基本的には、主人公の生き方を「評価」する立場で書かれている。初刊本は、90年に朝日新聞社から刊行。

◎清水一行 『派閥渦紋』 角川文庫、1994年   

◆鉄鋼業界。企業内での出世競争と派閥抗争の実態を描いたもの。

◎清水一行 『非常勤取締役』 光文社文庫、1986年   

◆突然、非常勤の取締役に左遷された熟年ビジネスマンの失意・焦りを描いた表題作を含めて、九つのミステリータッチの短編を収録。

◎清水一行 『秘密の事情』 角川文庫、1992年

◆企業の広報部は、新製品・新事業・人事の発表などのニュースを、企業の中で唯一マスコミを相手にリリースする、という点で花形のセクションである。しかし、マスコミが企業にとって都合のいいネタだけをニュースにするわけではない。企業にとって悪い話、触れられたくない話もたくさんある。したがって、一般的に認識されている広報活動とならんで、都合の悪い話を書かれないようにするということも広報の大事な職務となる。本書は、「日本一の広報」を展開していると言われている松下電産をモデルにし、そうした二つの側面を有した広報というものに携わる人々の苦悩を浮き彫りにさせている。初刊本は、89年に角川書店から刊行。なお、解説を書いている照井保臣によれば、松下電産をモデルとした清水の作品としては、販売面を扱った『怒りの回路』、カラーテレビ問題に関する『受難の壁』(1971年)、末席から二人目の取締役が25人抜きで社長に選ばれた話の『抜擢』(1977年)、その続編とも言うべき『後継者』(1978年)、さらには、『神様への忠誠心』(1986年)などがある。

◎清水一行 『奔馬の人』 角川文庫、1986年

◆旧八幡製鉄・新日鉄の副社長(10年間も務める)・財界のスポークスマンもしくは「財界政治部長」・参議院議員として知られた人物に、藤井丙午がいる。彼をモデルに、その起伏に富んだ生涯を描いた作品である。

◎清水一行 『燃え盡きる』 集英社文庫、1995年

◆三菱重工の社長(1969年に就任してから二年半在任)であった牧田興一郎の壮絶な半生を実名で描いた伝記小説。初刊本は、72年に徳間書店から刊行。   

◎清水一行 『欲望集団』 角川文庫、1993年

◆詐欺まがいの証券担保金融がメイン。「儲かることなら、手段を選ばずなんでもやる」という日新産業の社長である犬塚誠。彼の元へ、日露戦争中に「総額十兆円」という財宝を積んだまま沈んだ、ロシアの巡洋艦アヒモノフ号を引き上げて、大儲けをしようという話が舞い込んだ。そこで、犬塚は、政財界の黒幕的存在である日本海事振興会会長の由良源太郎に話をつけ、総額三十億円の引き上げ資金を捻出することに成功する。犬塚たちは、詐欺師の面目にかけて、深海作船の建造費、周辺の漁業補償費などさまざまな名目で金を引き出していくのであるが・・・。初出は、『小説宝石』1986年4月号から6月号まで三回にわたって連載されたもの。また、1989年に光文社文庫より刊行されている。

※しらかわ とおる※

◎白川 通 『祈る時はいつもひとり』 上下巻、幻冬舎、2010年

◆日本企業の中国進出問題、香港における黒社会の権力闘争がキーワードになっている。バブル崩壊前、仕手株「風銘柄」を動かしていた三人の男のうち、尾形和宏は謎の事故死を遂げ、瀬口良則は巨額の金とともに忽然と姿を消した。残された茂木 彬(もてぎあきら)は、自堕落な日々を過ごしていた。ところが、5年後、「風」が復活したという噂が流れ、瀬口の妹・純子があらわれて、失踪した親友の捜索をスタートさせた。

※しろやま さぶろう※

◎城山三郎 『鮮やかな男』 角川文庫、1975年

◆企業のなかで生きる男たちの六つの話から構成。 

◎城山三郎 『ある倒産』 新潮文庫、1976年 

◆企業の倒産の裏で展開される息詰まる格闘劇を扱った表題作の「ある倒産」をはじめとする、八 つの短編作品が収録。

◎城山三郎 『イチかバチか』 角川文庫、1973年

◆鉄鋼業界。地方都市への工場誘致をめぐる関係者の駆け引きをユーモラスに描写。

◎城山三郎 『一発屋大六』 角川文庫、1973年 

◆私大を卒業し、地方銀行に就職して12年。窮屈な社宅に住む、未だにうだつの上がらない平社員の今田大六。当直の際に起こった、一千万円紛失事件を契機に銀行を辞めた彼が出会った「思いがけない救いの手」とは?「脱サラ」を余儀なくされたある男の、夢と現実が主題になっている。

◎城山三郎 『打出小槌町一番地』 新潮文庫、1977年

◆社会的地位と財産を手中にした、現代の「上流階級」が住む高級住宅地における人々の裏側。四つの話から構成される。その人たちにとって、「果たして人生はすべて満ち足りたものであったろうか。色濃い『かげ』や『にがみ』はなかったのであろうか?」 初刊本は、77年に新潮社から刊行。

◎城山三郎 『うまい話あり』 角川文庫、1977年

◆石油業界。マンモス企業太平製鉄の子会社である不動産会社に務める主人公の津秋は、出世コースから外れ、悶々とした毎日を過ごしていた。そんな彼に、「経営者にならないか」という「うまい話」がもたらされた。つまり、アメリカ系企業のガソリンスタンドのマネージャーではどうだ、という話であった。期待しながら転職したものの、現実はそれほど甘くはなかった。しかし、その仕事を通して、よきチームワークのあり方を学んでいった。そして、どん底に陥ったとき、彼の誠実な仕事ぶりが評価され、新しい仕事先が見つかった。組織において良きリーダーシップとはなにか、について考えさせられる。また、石油業界の内実やサービス・ステーションの業務内容がよくわかる。

◎城山三郎 『梅は匂い 人はこころ 伊藤英三伝』 講談社文庫、1982年

◆花王石鹸の元社長伊藤英三の半生を描いた伝記小説。大正8年に花王に入社した17歳の頃から、1971年に68歳で死去するまでの英三の仕事ぶり、部下たちとの交流、丸田芳郎との出会い、同社の歴史およびその時代背景が見事に浮き彫りにされている。なお、花王石鹸の創業者である長瀬富郎とその一族を中心に、花王の歴史を扱った同じ城山の実名小説『男たちの経営』(70年)がある。その続編として読むこともできる。当初非売品として制作された本書が初めて活字になったのは、73年である。

◎城山三郎 『黄金峡』 読売新聞社、1997年

◆東北の会津の奥深い山峡の住民たちが水力発電のためのダム建設に伴う補償交渉によって大きく変化していく。「金を使うことを知らぬ生活」「金に苦しめられたことのない生活」をしていた人々がお金の洗礼を受けて、生活を変えていく。その先にあったものはなにか。高度成長に伴う変化の一局面が克明に描かれていく。

◎城山三郎 『男たちの経営』 角川文庫、1981年

◆明治23年、すでに過当競争下にあった石鹸の生産に参入した男がいた。めざすは国産の 高級石鹸。男の名前は長瀬富郎である。「花王石鹸」をモデルにして、同族企業から近代的企業に変化していくプロセスを描いた実名小説。企業の近代化を探る場合の格好のケーススタディーと言えるだろう。

◎城山三郎 『外食王の飢え』 講談社文庫、1987年

◆外食産業。江頭匡一によって創設されたロイヤルと、茅野亮・横川端・横川竟・横川紀夫の四兄弟によって創設されたすかいらーくをモデルにして、日本におけるファミリーレストランの創業・発達史を浮き彫りにした作品である。初刊本は、82年に講談社から刊行)。作品のなかでは、ロイヤルはレオーネ、すかいらーくはサンセット、江頭は倉橋礼一、茅野・横川四兄弟は沢三兄弟として登場する。

◎城山三郎 『価格破壊』 角川文庫、1975年  

◆スーパーマーケット業界。「ダイエー」の創設者である中内 功によるスーパーの創設物語をモデルにした作品。「再販価格」およびそれに似通った「指示価格」を打破し、「安売り」を行い、従来型の「対面販売」に代わって、セルフサーヴィス方式の販売方法を定着させるのに、どのような困難が待ち受けていたのかがよくわかる。この著作によって、「価格破壊」という言葉が社会的に定着する。背景には、高度成長によって本格化した大量生産に見合った大量流通のシステム作りがあったと言える。クスリから始まり、日用雑貨、野菜・魚・肉の生鮮三品から、さらには衣料品・電器製品へと多品種化を進めていく様子、仕入れ価格を削減するため のさまざまな工夫などがよく描かれている。「経済小説」の古典的名作と言えるだろう。

◎城山三郎 『学・経・年・不問』 文春文庫、1976年

◆セールスマンの世界では、学問・経験・年齢が問われない。逆に、それだけ厳しい世界でもある。本書の主人公は、二人のセールスマンである。彼らは、高校の同級生であったが、性格は全く異なっている。セールスマンとして、生き残るための条件とはなにかを考えさせられる。また、セールスのコツやノウ・ハウが紹介されている。

◎城山三郎 『華麗なる疾走』 集英社文庫、1977年    

◆ある呼び屋が仕掛けた、24時間自動車レースの実施にまつわる話。実際に、瀬戸内海のある島で開 催され、十万人近い見物客を目のあたりにした彼は、呼び屋の本懐とも言うべき満足感を得るが、悲惨な火災事故が起きる。

◎城山三郎 『官僚たちの夏』 新潮文庫、1980年 

◆高度成長期の通産官僚の姿が描写されている。主人公である風越信吾のモデルは、佐橋 滋。「国家の経済政策は政財界の思惑や利害に左右されてはならない」という信念の持ち主であった。本書を読めば、経済政策がどのようにして企画・立案されるのか。あるいは、官僚たちの努力や政治家たちへの根回しを経て、いかにして実現に至るのかがよく理解できる。また、通産省の組織構成、キャリア組とノン・キャリア組の区別、通産省の人事のあり方などに関する情報も満載されている。   

◎城山三郎 『危険な椅子』 角川文庫、1976年

◆一応化繊会社が舞台となっているが、初刊本が刊行された1962年当時の商社の内幕や活動に言及した「商社小説」のはしりのような作品。

◎城山三郎 『重役養成計画』 角川文庫、1971年

◆造船業界。主人公は、ある造船会社に勤務。「仕事は誠実に、生活は気楽に」を信条とし、どの派閥にも属さず、出世欲のない平凡な一社員である。物語は、そんな彼がある日四人の重役候補生の一人に選ばれたことを軸にして、シニカルなタッチで展開されていく。

◎城山三郎 『小説日本銀行』 新潮文庫、1977年

◆終戦直後の激動の時代を舞台にして、日本銀行の内実およびある日銀マンの挫折を描写。「学歴極上、給与・待遇良好、絶対につぶれる心配なし」の日銀マン。それでも、問題がないわけではない。なぜならば、政府から独立して存在していることが多い先進国の中央銀行とは異なって、日銀は、「政府によってつくられ、政府によって、政府のために運用されてきた」からである。初刊本は、63年に新潮社から刊行。

◎城山三郎 『素直な戦士たち』 新潮文庫、1978年

◆受験戦争に明け暮れるすさまじい教育ママとその親子関係を扱った著作。「素直な戦士」とは、「教育ママの作戦と指揮命令のもとに、なんの疑問を持つことなく、欣然と受験戦争の戦場におもむく子供のことである」。

◎城山三郎 『成算あり』 角川文庫、1976年 

◆高度成長期のまっただ中にあった1967年当時の不動産業界が舞台。商社に勤務しながら、夜間の大学に通っている主人公の老田は、ちょっとしたキッカッで不動産業に転身する。そして、自力で困難にぶつかっていき、創意工夫しながらことにあたる様子が描かれている。

◎城山三郎 『生命なき街』 新潮文庫、1977年 

◆灼熱と砂漠の町で一人働く商社マンを浮き彫りにした表題作をはじめ、むくわれることがなかった男たちについての6話を収録。  

◎城山三郎 『粗にして野だが卑ではない 石田禮助の生涯』 文春文庫、1992年

◆三井物産に35年間務め(常務になって帰国するまでの30年間で、日本にいたのはわずか2年であった)、代表取締役にまで出世したのち、国鉄総裁の重責を担った石田の伝記小説。初刊本は、88年に文芸春秋から刊行。

◎城山三郎 『零からの栄光』 角川文庫、1981年   

◆第二次大戦期の航空機産業。「川西航空機」(現在の「新明和工業」の前身)にあって、飛行機の製作にとりつかれた男たちの不屈のドラマ。

◎城山三郎 『総会屋錦城』 新潮文庫、1963年 

◆表題作の「総会屋錦城」は、株主総会の席上やその裏面で暗躍する総会屋の老ボス錦城を主人公に、企業の裏の部分を見事に浮き彫りにしている。カネにしか関心を示さない最近の「総会屋」とは異なって、黒子に徹した責任感のある実直な総会屋の姿がある。「総会屋」という職業が、初めて世間に知れ渡る契機となったとも言われている。第40回直木賞受賞作(1958年下期)。城山の出世作でもある。その他、メ−ド・イン・ジャパンの夢を大切にしたいと考えた男の夢と挫折を描いた作品「メード・イン・ジャパン」など、六つの短編を収録。

◎城山三郎 『男子の本懐』 新潮文庫、1983年 

◆第一次大戦後の慢性的不況の対応策として、昭和5年に実施された金解禁の立役者である浜口雄幸と井上準之助の生き方を扱ったもの。

◎城山三郎 『当社別状なし』 文春文庫、1977年

◆高度成長期の鉄鋼業の状況がわかる作品。本書のモデルは、68年に、当時としては戦後最大の424億円という莫大な負債を残して倒産した山陽特殊鋼と、そのワンマン社長荻野一である。

◎城山三郎 『乗取り』 新潮文庫、1978年

◆53−56年に起きた、横井英樹による白木屋百貨店の乗っ取り事件は、史上まれに見るものであった。本書は、この事件をモデルにした作品である。初刊本は、60年に光文社から刊行。 

◎城山三郎 『ビッグボーイの生涯 五島昇その人』 講談社文庫、1997年

◆東急王国の創業者である五島慶太から跡目を継いだ、2代目昇の半生を描いた伝記小説。慶太亡き後の東急グループの歴史、昇と政財界の重鎮とのつながりなどがよくわかる。初出は、月刊『現代』1992年2月号〜12月号。初刊本は、93年5月に刊行。

◎城山三郎 『百戦百勝 働き一両・考え五両』 角川文庫、1979年 

◆証券業界。「山種証券」の創始者で、「相場の神様」と言われた山崎種二がモデル。戦前の米相場の実態、戦争直後の兜町の様子などに関してもよく理解できる。

◎城山三郎 『風雲に乗る』 角川文庫、1972年 

◆信販業界。「日本信販」の山田光成をモデルにしたわが国における信販会社の創設物語。旅館の子供として生まれながら、火災に遭い、不運な境遇のなかで青春時代を過した鯛 公介は、やがて大衆のための信用販売という課題に取り組む。しかし、「サラリーマン相手に金融をやれば没落する」と言われていた時代のことである。事態は簡単には進展しない。それでも、「物は欲しいが、まとまったお金がない。だが、分割なら払える」という人々は、予想以上に多かった。やがて、公介の心に「大衆は信用できる」という確信が根づく。困難を乗り越え、百貨店を味方につけ、徐々に経営環境を整備していった。そのようにして、日本最大の信販会社は成立したのである。

◎城山三郎 『本当に生きた日』 新潮文庫、2008年

◆女性が主人公という意味で、城山作品のなかでも異色の作品。東京郊外のニュータウンで暮らす38才のごく平凡な専業主婦の福原素子。高校時代の同級生であり、アメリカ留学の経験者でもある野心的な女性・松山ルミに誘われ、かなり中途半端な気持ちでビジネスの世界に足を踏み入れるが、多くの戸惑いと好奇心を重ねながら、家庭とはなにか、幸福とはなにかを考えていく。

◎城山三郎 『毎日が日曜日』 新潮文庫、1979年

◆総合商社で働く二人のビジネスマンが主人公。アメリカで働く日本人商社マンを描いた「輸出」という短編小説の主人公を、十余年後の世界に再び登場させている。商社で働くサラリーマンが経験する不遇・左遷・定年などを通して、「生きがい」とはなにかを問い掛けるような内容になっている。

◎城山三郎 『真昼のワンマン・オフィス』 新潮文庫、1974年

◆商社。アメリカ合衆国の各地で活躍する海外駐在員を描いた「連作の短編集」。「経済戦争」の最前線で、懸命に働く商社マンの悲痛な状況がよく描かれている。 

◎城山三郎 『盲人重役』 角川文庫、1980年 

◆私鉄業界。目が不自由であるにもかかわらず、戦後における「島原鉄道」の近代化に尽くした「宮崎康平」(彼は『まぼろしの邪馬台国』を著し、「邪馬台国ブーム」の火付け役となった人物でもある)がモデル。

◎城山三郎 『役員室午後三時』 新潮文庫、1975年

◆繊維産業。戦前の日本経済を支えた産業の一つが紡績業であったことは、周知の事実である。 数ある紡績会社のなかで、「華王紡」は五指の中に入る大企業であった。主人公の藤堂は、温情主義的な経営方針を掲げ、同社の拡張路線を推進した人物であった。しかし、時代は移り、高度成長期になる頃から、過剰生産のツケが表面化し始め、日本経済に占める紡績業のウエイトは低下して行かざるをえなかった。そうなったときに、鐘紡の経営者がいったいどのような対応を見せたのか、という点をモチーフにして書かれたのが、本書である。

◎城山三郎 『勇者は語らず』 新潮文庫、1987年

◆自動車業界。自動車メーカーの川奈自工の人事部長冬木と、その下請けメーカーの社長山岡は、かつての戦友であった。その二人の男の友情を通して、「戦後日本経済の勇者である自動車産業」の内部をリアルに浮き彫りにしている。例えば、大企業と下請け企業との関係、下請けの中小企業経営者の労苦、ジャスト・イン・タイム方式の功罪、アメリカにおける現地工場の状況などに関する叙述は興味深い。

◎城山三郎 『臨3311に乗れ』 集英社文庫、1980年

◆旅行代理店業界。1948年に、馬場勇等五人のメンバーで成立した「日本ツーリスト」は、「臨3311」と呼ばれる修学旅行専用列車を走らせるなど、日本交通公社や日本旅行といった強大な先輩会社を敵に回しつつも、斬新なアイディアで旅行代理店業務の新市場を開拓し始めた。ところが、信用も資本もない弱小会社の域を脱せず、事業は足踏み状態に直面した。そんなときに、彼を助けたのが、近鉄の社長佐伯勇であった。やがて、佐伯の支援のもとで、近畿交通社と合併して、「近畿日本ツーリスト」社が創設される。1955年のことである。実録小説。

◎城山三郎 『わしの眼は十年先が見える 大原孫三郎の生涯』 新潮文庫、1997年

◆大原孫三郎の生涯を描いた作品。彼は、倉敷の大地主の家に生まれ、倉敷紡績、倉敷レイヨンを経営し、中国電力や第一合同銀行(現在の中国銀行)を創設した人物として知られている。のみならず、印象派の名画の一大コレクションとなっている大原美術館(昭和5年にオープンした日本初の西洋美術の殿堂。太平洋戦争下でも、世界の名画を焼いてはならないという理由で、倉敷は爆撃目標から外されたと言われている)をはじめ、大原社会問題研究所(現在は法政大学大原社会問題研究所)、倉敷労働科学研究所(現在は日本学術振興会に継承)、大原農業研究所(現在は岡山農業生物研究所)、倉敷中央病院(「病院くさくない病院」ということで作られた)などを創設した人物としても有名。企業の社会的貢献が叫ばれ、企業文化やメセナが話題になっているが、孫三郎はそれを半世紀も前に先取りしていたことになる。初刊本は、1994年に飛鳥新社から刊行。

※しんの たけし※

新野剛志 『恋する空港 あぽやん2』 文藝春秋、2010年

◆空港のトラブルシューターである「あぽやん」の物語。成田空港を舞台にして繰り広げられる多様な人間紋様が浮き彫りにされていく。スーパーバイザーの遠藤慶太の役割の一つに、枝元久男をスーパーバイザーに育てるというのがある。シリーズ第一作は『あぽやん』。

※しんば えいじ※

◎榛葉英治 『灰色地帯』 日本経済新聞社、1978年

◆消費者金融。サラリーマン金融からスタートし、消費者金融として定着していくプロセス、パイオニアたちの熱気と苦労がよく描かれている。表題に灰色地帯(グレーゾーン)となっているのは、利息制限法と出資法といった二つの法律で認められている限りの高利を貪って、サラ金という花が咲いたことに由来している。業者が、違反スレスレの日歩30銭という高利で営業するのは、自然の流れであった。

※しんぽ ゆういち※

◎真保裕一 『取引』 講談社文庫、1995年

◆フィリピンに対するODA(政府開発援助)プロジェクトの利権をめぐる、商社・建設業者・官僚・政治家の腐蝕の構造を内偵するという業務を与えられた公正取引委員会審議官・伊田和彦が主人公。初刊本は、92年に講談社から刊行。

◎真保裕一 『連鎖』 講談社文庫、1994年

◆86年4月に起こったチェルノブイリ原発事故。その後遺症としての輸入食品の放射能汚染問題を題材にした、ミステリー小説。主人公は、厚生省の元食品衛星監視員(いわゆる食品Gメン)で、現在は検疫所に勤める羽川。初刊本は、91年に講談社から刊行。第37回江戸川乱歩賞受賞作品。公正取引委員会の審議官を主人公にして日本政府のODAをめぐる疑惑を扱った『取引』や、気象庁の地震観測官の活躍を描いた『震源』とともに、「子役人シリーズ」と呼ばれている。

   ※すぎた のぞむ※

◎杉田 望 『アカハラ 小説DNAスパイ事件』 毎日新聞社、2003年

◆アメリカの名門大学で起きた、高津佳奈子という名前の日本人女性研究者によるDNA試料盗難事件。女性研究者がFBI捜査官に逮捕されるまでのいきさつを検証していくと、意外な事実にたどり着いた。大学におけるアカデミック・ハラスメント。その渦中で浮かび上がる、アメリカにおけるバイオ研究最前線の意外にお粗末な実態。女好きで、独裁的なハレンチ教授、野心家のFBI捜査官、先端技術の海外流失に常に目を光らせている組織、「先端技術に外国人を近づけない」というブッシュ政権の方針など。その舞台装置が整っていさえすれば、データの解析などで、国境や大学の垣根を越えて協力し合うという、ごく日常的な行為や、すでに公開されている情報を自分の研究の成果物として持ち出すといった行為さえ、国際経済スパイ事件として、でっち上げられるということか。

◎杉田 望 『貸しはがし 資金回収』 講談社、2003年

◆バブル崩壊に伴う影響が深刻化するなか、東京・千駄木周辺の中小企業の経営者が抱え込む深刻な事態が浮き彫りにされている。窮状の原因の一つに、バブル期に、銀行の薦めによって、借金をしてマンション・ビルを建てたことがあり、いまでは、十分に返済できない状態に陥っている。頼りになるはずの銀行は、追加の貸し付けどころか、資金を引き揚げようと血眼になっている。貸し渋りも日常化している。不良債権処理で政府から尻をたたかれているからである。もはや有望な産業・事業を育成するという、銀行らしい仕事をしていない。バブルからバブル崩壊へとつらなっていくプロセスの仕組み、銀行業務の実態、銀行がおかれている客観的な状況がよくわかる。

◎杉田 望 『管理職の叛旗』 講談社文庫、1994年

◆化学業界。49歳で社長になり、以後「23年間も社長の座に座り、さらに会長に就任してからも、競争相手を次々に葬り去り、強烈なワンマンぶりを発揮」したと言われる「老害経営者」の実態とその末路を描いている。石油化学業界の状況がよく理解できる原題は、『人事権執行』(KKベストセラーズ)。

◎杉田 望 『巨悪』 小学館文庫、2001年

◆政財界や闇世界に巣食う利権構造と虚偽に満ちた「巨悪」=呂志忠の目論見を描いた作品。検察特捜部出身者を顧問弁護士に据える。、政治家や韓国の大物財界人の力を援用する。そして、東証一部上場の中堅ゼネコン(海洋工事を得意とする、いわゆる「マリコン」)を支配する非上場企業の経営者を、彼はどのようにして餌食にしていくのか。そのプロセスが克明に述べられている。モデルは、言わずと知れたあの人物!

◎杉田 望 『金融破地獄 小説・日本債券信用銀行』 同朋舎、2000年

◆98年12月、金融再生法第36条によって、特別公的管理への移行を通告された日本債券信用銀行。特別公的管理、一時国有化とは、事実上の破産宣告である。この作品は、日銀の国際局長から日債銀の頭取になった人物を主人公にして、日債銀の崩壊に至るまでのプロセスをえぐり出している。初出は、2000年3月12日−10月1日の『北海道銀行』の連載。

◎杉田 望 『金融崩壊 小説日本銀行』 徳間書店、1998年

◆本書はもちろんフィクションであるが、多くの実名人物を登場させている。世間が「お公家様」と呼ぶような大甘の集団である日本銀行(日銀法によって設立された資本金1億円の特殊な株式会社。ただし、株のことを日銀では「出資証券」と呼んでいる)の暗部をえぐり出した大胆な告発小説となっている。主人公は、マスコミ対策を担当する企画広報課長の鷲見洋一。

◎杉田 望 『金融夜光虫』 講談社文庫、2004年

◆平成のいま、構造改革、郵政改革、金融制度改革など、一連の改革を推進しているのは、対米追従の市場原理主義者と称されるグループである。総理大臣を筆頭に当選1、2回の若い政治家や中央官庁の課長クラス、マスコミへの露出頻度が高い経済評論家や一部の学者たちである。確かに改革の必要性の一般論を否認するのは難しいが、市場原理主義者たちが仕掛けた戦いのその結末はどうか! 

◎杉田 望 『黒幕会社』 立風書房、1994年

◆バブル期の日本、本格的なM&Aの時代を迎えようとしているかのように見えるが、インターナショナルな感覚と視点を持った人材はほとんどいない。日米における企業買収のちがいを扱った作品。コンサルタント会社・ベルハム・サックスに勤務する上村奈津子が主人公。「ヒト・モノ・カネ」の動きを多面的に明らかにし、企業に正統な値段をつけ、交渉に臨むのが彼女たち、企業買収のエキスパートの仕事なのである。

◎杉田 望 『自動車密約』 講談社、1995年

◆バブル経済がはじけて以来、日本経済を牽引してきた自動車業界にかげりが見え始めた。自動車産業を蘇生する道は、思い切った生産調整であり、そのためには業界再編成が不可欠であった。この作品では、東洋新聞の新聞記者である高嶋啓介が、複雑な自動車業界の問題を、謎を解くようにクリアーにしていく。

◎杉田 望 『小説巨大銀行システム崩壊』 毎日新聞社、2002年

◆2002年4月1日に、第一勧業、富士、日本興業の三行が「みずほ銀行」と「みずほコーポレート銀行」に再編された。総資産145兆円という「日本のGDPの3分の1」に相当する資産を有する世界最大の銀行グループが誕生したわけであるが、課題山積みでのスタートであった。そして、発足の当日、システム障害がおこり、送金・振替・決済に前代未聞の大きなトラブルが発生した。本書は、みずほグループを連想させる「みやびグループ」のシステム障害事件が予告されていたにもかかわらず、なぜ起こったのかを明らかにしている。

◎杉田 望 『小説国際プラント・ビジネス戦争』 講談社文庫、1990年

◆総合商社。巨額の対外債務を抱え、ディフォルト(債務不履行)の可能性を秘めた国メキシコ 。そのメキシコを舞台に、民族派と親米派の政治的対立が激化しつつあるなか、天然ガスの開発という巨大プロジェクトがどのように推進されていくのか。それをめぐる石油メジャー、日本の各利害(商社・経営者団体・鉄鋼会社・銀行)間の駆け引きおよび開発の具体的なプロセスに関する実務はどうか。中国に強いジャーナリストの花山勉こと、杉田望による処女作で、初刊本は、86年に亜紀書房から刊行された『プラント・ビジネス』。

◎杉田 望 『中国決潰す 小説対中金融オペレーション』 徳間文庫、1999年

◆三橋・東都の両銀行の合併で成立した首都銀行の取締役企画業務部長である井伊俊介が主人公。バブル崩壊によって多くの不良債権を抱えた日本の銀行が、新しい活路を開くために不可欠な方向付けを、「円の国際化と人民元のショウバイ」、つまりアメリカに流れている資金を中国大陸に環流させること、人民元を扱うことによって進めようとする。日本の高度成長期を思わせるようなビッグプロジェクトが目白押しで、資金需要の旺盛な中国における状況についても詳細な指摘を行っている。原題は、96年に徳間書店から刊行された『銀行盲流』。

◎杉田 望 『破産執行人』 講談社文庫、2008年

◆高い技術とブランド力を持ちながらも、経営手腕のない二代目が後を継いだため破たん寸前に追い込まれた老舗の製菓会社・興国食品が舞台。無能な二代目経営者を取り巻く数々の面々(メインバンク、メインとなっている商社、ライバルの商社、会社の幹部、顧問弁護士など)の悪行とせめぎ合いが熾烈を極める。

◎杉田 望 『半導体戦争 ファーラムXの陰謀』 講談社文庫、1992年

◆半導体業界。イギリス人が発明し、アメリカ人が実用化の道を切り開き、日本人が超高集積化と量産化に成功した半導体は、産業の「コメ」と呼ばれ、産業のあらゆる分野で活用されている。アメリカによる在米日本メーカーに対するダンピング提訴から表面化した、1986年の「日米半導体戦争」がモデル。一方で、先端技術を用い優位性を取り戻すというアメリカの「技術戦略」のあり方、他方で、争いを避け、示談金を支払ってことをできるだけ穏便に済ませようとする日本側(通産省・業界団体・半導体メーカー)の態度・考え方(事なかれ主義・ヨコ並び主義・大局的な戦略の欠如)を比較させつつ、両国間の激しい駆け引きの裏側を見事に描いている。初刊本は、87年に講談社から刊行。

◎杉田 望 『不正会計』 講談社文庫、2009年

◆巨大監査法人の崩壊を描いた作品。日本でも一、二の規模を誇る監査法人「あずさおおたか監査法人」に勤めるマネージャーの青柳良三が主人公。同法人が健全だと判断した老舗メーカーの兼高に粉飾疑惑が浮上。「あずさおおたか監査法人」にとっては……。

◎杉田 望 『香港密約』 講談社、1993年

◆日本の対米貿易が80年代に入って以降一貫して黒字基調であったことは、しばしば指摘される通りである。しかし、その帰結として蓄積されているはずの膨大な貿易代金がいったいどうなっているのかについては、一部の専門家を除けば、あまり人々の関心になっているようには思われない。膨大な貿易黒字を抱えているにもかかわらず、一向に豊かさを実感できないでいるのはなぜか。そうした日米貿易摩擦のウラに隠された一つのテーマに肉薄した作品として挙げられるのが、本書である。主人公は、通産省経済協力課長を退官して四年になる秋月伸之。企業向けにビジネス・セキュリティー情報を流す「ビジネス・ストラテジー・インク」を主宰している。この作品のメインテーマは、89年6月4日の天安門事件以後、中国に対する円借款、香港返還、ランタオ島に作られる香港の新国際空港建設、米英中と香港の実業家を巻き込んだ香港の通信衛星計画(「アジアサット」計画)などの大プロジェクトをめぐって、日本・中国・アメリカ・イギリスの四カ国が織りなす複雑な国際関係の推移を描くことであるが、その過程で、彼の視点から対米貿易黒字に伴う巨額な貿易代金はどこに消えていったのかが明らかにされている。

※すぎもり ひさひで※

◎杉森久英 『アラビア太郎』 集英社文庫、1981年

◆当時、世界の石油を牛耳っていたのは、アメリカ・イギリス・オランダ・フランスのいわゆる石油メジャー八社で、日本も常にこれらの国際資本に振り回されていた。そんな状況から脱却するためには、自力で石油を開発すればいいわけである。だが、まず石油メジャーとの死力を尽くした争奪戦に勝って利権を購入すること自体が、大変な労苦を強いられるものであった。しかも、かりに利権を獲得したからといっても、その鉱区から必ずしも石油が出るとは限らない。あまりにもリスクが大きいのである。そうした状態で、石油開発においてはズブの素人であるにもかかわらず、「無謀」にも、ペルシア湾での油田開発に挑戦した日本人がいた。その人の名は、山下太郎。のちに「アラビア太郎」と呼ばれた人物である。本書は、山下太郎の生涯を浮き彫りにした伝記小説である。初刊本は、70年に文藝春秋から刊行。

   ※そうだ おさむ※

◎宗田 理 『小説日米自動車戦争』 徳間文庫、1984年 

◆自動車業界。69年に新車の試乗で死去したレーサーの弟の「東海自動車」に対する復讐劇が絡む。1979年8月1日から翌80年4月21日までの8ケ月に焦点を当て、日米自動車摩擦の実態、また、日本の自動車メーカーがアメリカの圧力により、現地生産を余儀なくされるプロセスが描かれている。初刊本は、80年に祥伝社から刊行。

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