ま行
※まき ようぞう※
◎真木洋三 『出向を命ず』 講談社文庫、1981年
◆建設業界。天下りの無能専務と一緒に土下座をしなかったために左遷の「出向を命じ」られ、組織からふるい落とされたサラリーマンの屈辱とその復讐を描いたもの。大手プレハブ業界の内実、単身赴任者の孤独、オイル・ショック前後に起こった需要の大きな変化などがよくわかる。
◎真木洋三 『小説銀行管理』 日本経済新聞社、1977年
◆創業50年の老舗文具メーカーであるアルファペンは、万年筆では絶大なブランド力を有していた。ところが、時代が減速経済に移ったにもかかわらず、押しの一手しか知らない河西一郎ワンマン社長の号令一下、ボールペンとサインペンを野放図に作りまくったために、前々期から赤字決算で無配に転落していた。業績の悪化を懸念するメインバンクの三洋銀行は、辣腕の矢吹という人物を代表権を持った常務として送り込み、さらには、旧経営陣を追放させてしまう。そうして、銀行管理が開始される。本書は、銀行管理の持つ凄絶なまでの冷酷さを描き出している。
※まさ じろう※
◎真砂二郎 『エコノミック・メルトダウン』 幻冬舎ルネッサンス、2006年
◆市場のパワーを利用して一挙に財政改革の推進を画策する財務省、保有国債のほぼ全額を売却しようとする大手銀行、その情報をいち早くキャッチし、ディーリングによって巨利を得ようとする証券会社。三者三様の思惑と利害の交錯が描かれている。
※まつい としお※
◎松井利夫 『うえるかむ・トラブル 逆境こそが経営者を強くする』 東洋経済新報社、2002年
◆社長論。アルプス技研の創業者であり、同社の会長である著者が、30年以上に及ぶ実際の経験に基づき、10のエピソードを短編小説風にまとめた作品。「読者が一番知りたいのは、経営者の語りたくない、語ろうとしない部分」という考えから、苦境・トラブルとそれをどのように乗り越えたのかという点に力点がおかれている。
※まつだいら やすとも※
◎松平康友 『頭取の贖罪』 読売新聞社、1997年
◆大阪の御堂筋に本店を置き、関西を地盤とする第二地銀の東西銀行は、バブル期における乱脈融資、頭取(わがままな二代目頭取)の情実融資、融資先の会社の財務状況を正確に判断できる能力が備わっていない重役たち、行内における審査システムの不備、関連会社の財テクの失敗などの理由で、95年7月31日ついに破綻する。この作品は、総量規制が開始されて丸一年が経過した91年2月頃から、破綻して「さわやか銀行」に生まれ変わるまでのプロセスを、審査に携わる塚田忠雄を主人公に描き出している。
※まつむら みか※
◎松村美香 『ロロ・ジョングランの歌声』 ダイヤモンド社、2009年
◆インドネシアを舞台に途上国の抱える問題をえぐり出すとともに、ODAの「光と影」を描きだした作品。東ティモールでの従兄の殉死に隠された真相を探るなかで、主人公の記者藤堂菜々美は、単純な論理では割り切れない国際協力の表と裏の事情に遭遇する。記者としての菜々美の成長物語でもある。 ダイヤモンド社が主催する「第1回城山三郎経済小説大賞」受賞作。
※まつもと せいちょう※
◎松本清張 『溺れ谷』 新潮文庫、1976年
◆財界のアラ探しをメシの種にし、「トリ屋」(「広告取り」の略称)と呼ばれている男、大屋圭造は、会社や経営者の提灯記事を載せて「広告」料を稼ぐ三流経済誌『政経路線』の編集部次長をしている。本書は、彼を主人公に、たとえ部分的なものであっても、自由化によってこれまでの利権を失うかも知れないという「恐怖」におののく砂糖業界、農林大臣をはじめとする大物農林族と業者との癒着の実態をえぐりだしている。「小さな悪人」であるトリ屋たちの生態が、精糖業界を資金源に大きな権力を保持する是枝農相や、そうした政治家と癒着することによって「うまい汁」を吸い続ける亜細亜精糖のワンマン社長古川恭太といった、もっと「大きな悪人」たちの暗躍と対比されて描かれている点に、この小説の大きなおもしろさがある。落ちぶれたかつての名女優竜田香具子の野心や、「ドミニカ砂糖汚職」の責任を一身に受けて自ら死を選ばざるを得なかった農林省食品課長の愛人藤岡真佐子の復讐が、話の展開に彩りを添えている。
◎松本清帳 『空の城』 文春文庫、1982年
◆総合商社。石油部門への進出を焦るあまり、過酷な国際商戦の渦に翻弄され、倒産した「安宅産業」がモデル。1980年12月にNHKで放映された五時間ドラマ『ザ・商社』の原作でもある。「石橋を叩いても渡らない」という堅実商法が表看板の安宅産業は、なぜ崩壊したのか?初刊本は、78年に文藝春秋から刊行。
◎松本清張 『湖底の光芒』 講談社文庫、1986年
◆カメラ業界。カメラ会社が、傘下の多くの部品メーカーに無理難題を押し付けてきたことは、周知の事実である。この当時、長野県にはカメラ関係の下請け業者が780軒程度存 在したと言われている。本書は、長野県の諏訪で従業員30人のレンズ研磨(オートメ化が進行してもレンズの研磨は依然として人間の腕に左右される)工場を経営する美貌の未亡人社長の苦悩、親会社の合理化のしわ寄せを一手に引き受けさせられる下請け会社の悲哀(@カメラの販売競争に勝つため、価格の引き下げが下請け単価の一方的な引き下げという形で跳ね返ってくるという現実、A頻繁に実施されるデザイン改良に伴う部品の変更、B納入されるレンズが検査で「不合格」になった場合の悲劇)を描いている。カメラの生産工程やカメラ業界が直面する問題についての詳しい叙述が盛り込まれている。諏訪湖の底には、かつて親会社のご都合で倒産させられたレンズ会社が捨て去った膨大なレンズが、その怨念とともに沈められていると言われており、その点が本書のモチーフとなっている。1963年2月号から64年5月号までの『小説現代』に連載された『石路』に加筆・修正されたもの。
※まやま じん※
◎真山 仁 『ハゲタカ』 上下巻、ダイヤモンド社、2004年
◆最近の経済界で大きな話題の一つになっているのが、外資に対する評価である。外資は日本の企業を食い物にする「ハゲタカ」なのか、それとも新しいビジネスモデルを導入する「救世主」なのか? そうした重要課題に真っ向から取り組んだ作品である。世界的な投資ファンドの日本法人ホライズン・キャピタルの代表者である鷲津政彦、元三葉銀行員で、日本屈指のターンアラウンド・マネージャー(企業再生家)をめざす芝野健夫、日本初のリゾートホテルである日光ミカドホテルの後継者となる松平貴子の三人が織り成す一大物語でもある。
◎真山 仁 『ハゲタカU』 上下巻、講談社文庫、2007年
◆1989年から2004年までが舞台となった『ハゲタカ』の続編で、その1年後から、物語が始まっている。悪党でありながらも、憎めない男・鷲津の魅力が存分に発揮されている。オールド・ジャパンの象徴とも言うべき鈴紡および曙電機をめぐる、複雑ではあるが、興味深い争奪・再生のための闘いが描かれている。ここでも、鷲津と芝野のバトルが展開される。初刊本は、06年に講談社から刊行された『バイアウト』。
◎ 真山 仁 『ベイジン』 上下巻、東洋経済新報社、2008年
◆中国人に最も愛される数字は「8」。その8を並べた2008年8月8日午後8時。それは、北京オリンピックの開会式が始まる時刻である。そして、開会式のセレモニーに合わせ、大連市郊外にある世界最大規模の原子力発電所「紅陽核電」の運転が始動することになっていた。ところが、それは、絶望的なクライシスの始まりかもしれなかった…。本書は、この原発の技術顧問として参画する田嶋伸悟と、中国側の責任者のケ学耕・大連市党副書記の両人の完成に向けての奮闘と確執を描いている。ケ学耕には、党要人の汚職・腐敗の摘発という密命も課されている。
◎真山 仁 『マグマ 小説国際エネルギー戦争』 朝日新聞社、2006年
◆「通常、地中は100メートル下がると、3度温度が上がる。それは、地球の内部が今なお燃えているからです。つまり、2500メートルだと75度になるんです」。地球の内部にあるマグマによって提供される地熱貯留層=熱水の水溜まり、いわば温泉の源は、「資源のない日本のために、神様が与えてくれた発電だと思いませんか」。「化石燃料を一切使わないし、原発のように放射能漏れの心配もない」。資源コストは限りなくゼロに近い。「この国が自然と共生して生きていく精神を取り戻したいのであれば、地熱こそ、そのシンボルです」。「夢の代替エネルギー。そう騒がれても当然なのに、なぜ、自分たちの足下にあるエネルギーを使おうとしないのか」。 外資系ファンドのゴールドバーグ・キャピタルに努める若き野上妙子は、上司から日本地熱開発(湯ノ原温泉で知られる大分県湯ノ原町に本社がある)の再建を任される。「日本の電子力の鬼」と称される大物政治家を祖父に持つ安藤幸ニ社長。地熱発電所の所長を努める御室耕治郎は余命いくばくもない。彼女のターンアラウンド・マネージャーとしての力量が試される。その苦悩・辛さ・厳しさが物語のヨコ軸を形成する。競争こそがすべてという彼女のそれまでの考え方に、自然との共生などなかった。そんな彼女が、自然との共生を選ぶビジネスウーマンになっていくプロセスが、本書のメインストーリーの一つとなっている。
◎真山 仁 『虚像(メディア)の砦』 ダイヤモンド社、2005年
◆民放キー局のPTB(プライムテレビ放送。社員数923名)を舞台にした作品。「言論の自由」と、批判される「政治家や官庁の側からの圧力」との「せめぎあい」、さらには、現場での取材の重要性と番組にまとめる際の視点の大切さが描かれている。しかし、事態は、それほど単純なものでもない。「放送局が、最後の護送船団」という言葉の意味も示されている。
◎真山 仁 『レッドゾーン』 上下巻、講談社、2009年
◆巨額の貿易黒字をため込んだ中国の国営投資ファンドが日本の大手自動車メーカー・アカマ自動車を買い叩こうと画策する。同社の時価総額約20兆円。買収者として白刃の矢が立ったのは、真山が創り出した無類のキャラクター=ゴールデンイーグル(神(いぬ)鷲(わし))こと、投資ファンドのサムライ・キャピタル社長鷲津政彦であった。鷲津は、いったいどちらの味方になるのか? また、どのような手口でアクションを起こすのか? 見どころ満載。
※みうら しゅもん※
◎三浦朱門 『雑草の花』 集英社文庫、1978年
◆日本の海外援助の一端をかいま見ることができる小説。フィリピンを舞台に、「日本青年海外協力隊」(1960年に創設。本の中では「国際協同団」)の夢と現実を描いている。初刊本は、76年にサンケイ出版から刊行。
※みかみ よしかず※
◎三上義一 『ダブルプレイ』 ダイヤモンド社、2004年
◆一般にはあまり知られていない「電子メディア」という業界の、アメリカの通信社「UIP・フィナンシャルニュース」の記者が主人公の「俺」(堀田純一)。マーケットの関係者は、記者の発信する短い情報=速報が端末に示されるや否や、即座に買うか売るかの判断を迫られる。もしも間違った情報を流せば…。でも彼が欲しいのは「スクープ」。同業他社の情報からたとえ3秒半でも早ければ、大勝利となる。そんな彼に、「横浜市民の公金・税金をヘッジファンドに投資したが、失敗して巨額な損失を出してしまった」という情報が、幼馴染の不思議な女性・泉さやかから、伝えられた。彼女の父親は長浜一郎・横浜市長との噂も。しかも、日銀横浜支店幹部で、横浜第一中央銀行の顧問でもあった男の謎の死と結びつく可能性があった…。驚きの謎は少しずつ明らかにされていく。そして、最後に明らかにされる驚愕の事実! 登場人物はリスクに備え、「二つのプレイ」を考えていたところに、謎解きの鍵が!
※みしま ゆきお※
◎三島由紀夫 『絹と明察』 新潮文庫、1987年
◆54年から始まる近江絹糸の労働争議に題材をとった作品。日本的経営の実態を探る作品としても読め、唯我独尊のワンマン経営者のなれの果てを描いたものとしても鑑賞できる。また、戦後版『女工哀史』としても位置づけることができる。経済小説・企業小説のはしりのような趣を有している。劣悪な労働環境のもとで働く女子工員たち(とりわけ絹紡工場は悲惨な状況下にあった)、女子工員に届いた手紙を勝手に読んでしまう寮母たち(手紙の検問)の様子、経営者の工員に対する考え方が、文学的香りの高い文章で綴られている。初刊本は、64年に講談社から刊行。
※みずき よう※
◎水木 楊 『会社が消えた日』 日本経済新聞出版社、2009年
◆自分を見つめ直すためのSF経済小説。ある日、エリートサラリーマンが出社すると、自分の会社がなくなっていた。しばらくして、会社は元通りになったものの、今度は、自分自身の存在が、まったく消されていた。存在自体が否定されている状態では、新たに定職を求めることもままならない。しかし、なんとか生きるべく努力する。やがて、以前の生活が戻るが、もう一つの「バーチャルな生活」を体験したことで、それまでの会社での生活に、違和感を覚えるようになる。そして、新たな旅立ちが始まる。
◎水木 楊 『拒税同盟』 日経ビジネス文庫、2001年
◆バブル崩壊後の不況期という厳しい状況のなか、民間企業はリストラを行い、さまざまな施策を通じて経費の削減に励んでいるが、そうした動向とは全く無縁の「会社」が一つある。それは、政府である。いまや中央政府と地方自治体の借金残高は約650兆円にも達している。それ以外にも、毎年4兆円以上のおカネを一般会計からつぎ込まれている78もの特殊法人(公社・公団・事業団など。職員数50万人)が存在する。当たり前のことであるが、借金は返さなければならないものである。もちろん、政治家や役人が国民の歓迎する仕事をやっているならいざ知らず、無駄な出費が極めて多いのである。本書は、そうした現状認識の上に立って、官僚も政治家も当てにならないので、みんなで税金を払うのを一斉に止めてしまおう、と考えたある人物(隅田証券が経営する隅田経済研究所の取締役研究主幹、希志大介、45歳)を主人公にして、彼を中心とするグループの行動がどんなインパクトを引き起こすかを描いた作品である。なお、『Web新潮』に水木によるホームページ「拒税同盟」があるそうだ。
◎水木 楊 『銀行連鎖倒産』 講談社、2002年
◆不良債権の処理がなかなか進んでいない状況のなか、崩壊の危機に直面しつつ、合併相手との駆け引きに翻弄される銀行経営陣の苦悩や金融庁とのやり取りが描かれている。みどり銀行は、来春、光洋銀行と合併する予定になっている。自分たちもいばれたものではないはずなのに、高飛車な態度を貫いている。そのこともあって、提携相手が誠心銀行もしくはあけぼの銀行に代わる可能性が出てくる。主人公は、同銀行の経営の中枢部に位置し、合併・提携準備のキーパーソン的存在になっている経営企画室長の岡林清彦。縣命の努力にもかかわらず、銀行は、倒壊…。そして、事態はより深刻な局面になっていく! 日本中を席巻する大パニックの勃発である。
◎水木 楊 『1999年 日本再占領』 新潮文庫、1988年
◆日米貿易摩擦が進行し、1986年にアメリカが世界最大の債務国になり、失業とインフレがますます進み、反面で日本が同質社会の閉鎖性を保持したまま、貿易黒字を拡大していけば、一体どうなるのか。アメリカは、ロシア、イギリス、ドイツ、フランスなどと協力して、日本を再び占領下に置いてしまうかも知れない、という発想のもとで書かれた警告的経済小説である。主人公は、日米関係の接点に位置する二人の人物、ワシントン特派員である新聞記者の太刀一希と外務省駐米公使青井創である。
◎水木 楊 『2003年の「痛み」』 PHP研究所、2001年
◆グランドデザインなき「構造改革」がもたらしかねない「最悪のシナリオ」を描いた「近未来シミュレーション小説」。日本経済が破綻すると・・・。そのときの光景が描き出されている。巻末に、そうならないためには、これからどうすればいいのかについて、著者の考えがまとめられている。
◎水木 楊 『2025年 日本の死』 文藝春秋、1994年
◆主人公が特定されていないし、小説の体裁を採っていないので、経済小説と言い難い。著者は、「近未来シミュレーション」と名付けている。ただ、「日本」それ自体を主人公にした近未来小説と位置づけることも可能だろう。著者にしたがえば、@「狂躁の時代」(1986−1995年)、A「閉塞の時代」(1996−−2005年)、B「衝撃の時代」(2006−2015年)、C「崩壊の時代」(2016−2025年)という四つのステージを経て、2025年に日本が消滅するという。その最大の原因は、時代が送るシグナルを読み切れず、きちんと議論すべき点をウヤムヤのままにしておき、解決策はすべて先送りにして一億総モラトリアムを続けたことにある。
◎水木 楊 『破局 小説・金融崩壊』 日本経済新聞社、1993年
◆ワンマン会長の大文字剛に率いられる誠心銀行取締役・企画部長である佐波修大は、バブル崩壊とともに顕在化した、系列ノン・バンク・住宅金融専門会社である東進ハウジングが抱える莫大な不良債権に、頭を抱えていた。「思い切って償却すれば利益が減り、経営内容の悪化を天下に晒すし、かといって、それを先送りすると、過大な利益を計上して納税や配当の形で資金が流出し銀行の体力が刻一刻と弱っていく」からである。常務会は、早期償却の結論を出した。それには、他行の協力と、促進してもらうための大蔵省の後押しが不可欠であった。一方、金融再編を行う場合に多少の犠牲、つまりスケープゴートが必要であると考えていた大蔵省は、誠心銀行をスケープゴートの候補、つまり要注意銀行として真っ先に想定していた。
※みずさわ あきと※
◎水沢あきと 『不思議系上司の攻略法』 メディアワークス文庫、2010年
◆中堅システムインテグレーターのケーイージー・インフォテック社に勤務するSEの梶原健二が主人公。たまたま行った秋葉原のメイド喫茶でカヨという女性に一目ぼれする。ある日、年下の女性の上司・石峰真夜が出資元の華泉礼商事からやってきた。彼女の部下に対する指摘は正論には違いないが、あまりにも性急な要望のため、部下たちの怨嗟のもとになってしまう。とまどう健二。というのは、その女性がカヨによく似ていたのである。
※みずさわ けい※
◎水沢 溪 『冤罪の構図 キャリアの仕組む罠』 健友館、2003年
◆酒業界で実際に起こったある冤罪事件をモデルに酒の流通業界の内幕を明らかにし、それと密接な利害紐帯を有する官僚たちのドロ黒い思惑や仕打ちを告発した作品。まがい物の酒で税収を増やしたり、会社を大きくしたりといったことへの批判の書でもある。
◎水沢 溪 『巨大証券の犯罪 第二部ウォーターフロント作戦』 健友館、1989年
◆公営企業の民営化・民活が話題になり、東京湾横断道路・明石海峡大橋・関西国際空港・ウォーターフロントの開発といったさまざまな大型建設プロジェクトが考慮されていた80年代前半からバブル期の、証券業界をめぐる動向が描かれている。当時の相場の流れからすると、一株当たりせいぜい30−40万程度にしかならず、それでは国庫がうるわない。NDD(NTTがモデル)株を高値で放出するために、野村証券を連想させる野田証券と大蔵省が共謀し、株価を、なんとかして高値に誘導していこうとする過程が描かれている。
◎水沢 溪 『JR株式上場の罠』 健友館、1990年
◆1981年現在、累積赤字7兆5000億円、長期債務16兆円という、巨額の債務にさいなまれている国鉄を解体し、民営化を課題に、83年6月国鉄再建管理委員会が結成されたのは、「第一次中曽木内閣」のもとであった。中曽木の考えでは、「国鉄を分割民営化して、利権を手中にすることに目的があった」。さらには、無理にでも「破産会社」に仕立て上げ、「国鉄の長期債務の一部を国民に負担させることであった」。ただし、国民負担分があまり多くなると反発をくらうので、国鉄用地とJR株の売却で、それをある程度の額に抑える。JR株の売却は、JR自体にはなんらのメリットもないが、政府・大蔵省には莫大なキャピタル・ゲインが入ることになるはずである。本書は、そうした分割民営化に至るまでのプロセスを描いたドキュメント・ノベルであり、国鉄の戦後史が描かれている。
◎水沢 溪 『支店長の自殺』 徳間文庫、1993年
◆証券業界。証券界のガリバーである関東証券に務める河津一郎は、高卒ながら抜群の成績を残し、88年池袋西口支店の支店長になった。物語は、彼の妻である美香と、かつて彼女に求婚した医師の名倉冬樹との不倫恋愛を軸に、バブル崩壊で苦悩する証券業界の内幕、顧客を平気でだます証券マンの姿、無謀とも言えるノルマをトップから与えられる実態、上司の不祥事の犠牲になって自殺する男の心理、損失補填問題に関する国会での証人喚問の様子などが描かれている。初刊本は、91年に健友館から刊行。
◎水沢 溪 『新版 巨大証券の犯罪 株の罠』 健友館、1997年
◆65年に危機に陥った山一証券が、日銀の特別融資によって再建されたことは、周知のことである。その後、トップの座に就いた植谷久三以降、東大出身・企画畑出身の「営業」を全く知らない「官僚」たちが社長、会長の座を私物化していく。これが、97年の山一倒産の遠因となっている。高度成長期に証券業界が経験した大きな飛躍の影には、数え切れない一般投資家の損失、肉体的にボロボロにされた証券営業マンの悲劇がある。本書では、そういう立場にたって、証券不況前後の時期に至るまでの山一証券(本の中では山三証券)の業務について書かれている。なお、旧版は89年に刊行されている。
◎水沢 溪 『マネーゲームの終焉 ある巨大企業の崩壊』 健友館、1990年
◆バブル経済の絶頂期とも言える時期に執筆され、最終段階に当たる90年4月に刊行された作品。それからまもなくして本格化する、「バブル崩壊を予言」した内容の近未来小説になっている。巨大地震というパニックが引き金になるという点にも、おもしろさを感じることができるだろう。つまり、そうした自然現象しか財テクブームを終焉させることができない、と思われていたという意味である。物語は、松下幸之助を連想させる橋本幸太郎の生い立ちや、彼によって創業された橋本電気工業の発展ぶりを紹介するところから始まっている。
※みずの まり※
◎水野麻里 『都合のいい結婚』 徳間文庫、1997年
◆ヒロインの佐倉珠江は、テレビ局のプロデューサー。就業時間が不規則な制作部を中心に局内をグルリと見わたせば、あそこにもここにもバツイチだらけ。31歳の珠江は、三十路を越えた頃から、「ホント、私たちは嫁さんが欲しいんだもんね」とつい考えてしまうほど、体をボロボロのズタズタにして働いている。テレビ局内部で展開されるさまざまな業務に関する叙述が出てくるが、話の軸は、珠江をめぐる三人の男性との恋の行方である。
※みどうち あきら※
◎御堂地 章 『日本崩壊』 早川書房、2001年
◆2003年6月、国債、株、円がトリプル暴落する一方で、ハイパーインフレが起こり、市民生活も困窮の度を増す。6月29日の衆議院選挙では、連立与党の敗北が確実視されていた。そのような折、陰謀をたくらむ幹事長は、ハト派の首相を脅迫しつつ、自衛艦による北朝鮮のスパイ船撃沈で危機感をあおるとともに、インフレを加速させ、財政赤字を帳消しにするという秘策を抱く。
※みやざき まさひろ※
◎宮崎正弘 『謀略投機 小説ヘッジファンド』 徳間書店、1999年
◆バブル崩壊後の金融不安に対する迅速な対応が迫られているにもかかわらず、大蔵省高官や大手銀行のスキャンダルで右往左往する。おまけに、惨状を救うはずの30兆円にのぼる公的資金の導入を決める国会審議に、七ヶ月もの期間がかかっている(即決していれば、8兆円程度で済んだものが、遅れたために30兆円にも膨らんだ)。そういうスローモーな対応しか行えない日本市場は、国際的なヘッジファンドの喰い物にされつつあった。
※みやべ みゆき※
◎宮部みゆき 『火車』 新潮文庫、1998年
◆クレジットカードによる自己破産を、ミステリータッチで見事に描いている。 一昔前なら、「夢」としてあきらめてしまった買い物や旅行といったことが、今では「見境なく気軽に利用できる」クレジットカード(無差別過剰与信、高金利、高手数料が特徴)のおかげて簡単に実現してしまう。しかし、そこには大きな落とし穴があることも事実なのである。借金は、いずれにせよ返済しなくてはならない。ところが、金利が高いために、借金は雪だるま式に増えていく。気がついたときには、もはや尋常の手段では返済できない額になってしまう。本書のストーリーは、クレジット地獄に陥ったある女性が、地獄から這い上がるため他の女性になりすまそうとするが、その女性にはクレジットによる過大債務のために自己破産したという過去があった、というもの。初刊本は、92年に双葉社から刊行。
※みよし とおる※
◎三好 徹 『小説総会屋』 集英社文庫、1983年
◆総会屋。1982年、従来のような総会屋主導の株式総会を排除し、その健全性を回復することを目的として、商法が改正された。それ以前には6−7000人もの総会屋が存在し、広告賛助金などの名目分も含め、企業から実質1兆円を超す利益供与を得ていたと言われている。本書では、それ以前の総会屋の実態、ヤリ口、ノウハウが見事に描かれている。初刊本は、78年に光文社から刊行。
◎三好 徹 『総会屋志願』 集英社文庫、1980年
◆総会屋を扱った表題作以外に五つの短編小説が収録されている。初刊本は、76年に日本経済新聞社から刊行。
◎三好 徹 『投機』 集英社文庫、1982年
◆大手新聞社の記者であったが、ある人物からデッチ上げのニュース記事の執筆を頼まれたことを契機に記者を辞めた、主人公益山。彼の目を通して、サラリーマン化した証券マンではなく、常に一攫千金を夢見る兜町人の生態が描かれている。初刊本は、78年に実業之日本社から刊行。
◎三好 徹 『白昼の迷路』 文春文庫、1991年
◆1982年6月、アメリカ連邦操作局によって、日立製作所と三菱電機の社員6名が逮捕されるという、IBM産業スパイ事件をモデルにした小説。歴代の社長には必ず技術畑の出身者がなり、政治活動にはほとんど無関心、政治献金にも消極的な態度を堅持するのを伝統にしている「技術の日成」が舞台。技術担当者が、ABMのコンピュータの機密をスパイし、逮捕される話を軸に物語は展開される。ちょっとしたおとり捜査にひっかかり、820億円ものお金を払うはめに陥ってしまうプロセスが描かれている。初刊本は、86年に文藝春秋から刊行。
◎三好 徹 『ビッグ・マネー』 講談社文庫、1991年
◆大川金造は、不動産の建設・管理を主な業務にしている大川総業の会長。相場を張ることを生き甲斐にし、「最後の相場師」と言われるようになる。「勝った人より負けた人から学ぶ」と、相場の世界でしばしば指摘される「人の行く裏に道あり花の山」が、彼の好きな言葉であった。巨大な証券会社を相手に闘いを挑む彼の一匹狼的な姿を通して、証券会社の業務内容や、株式投資の仕組み、仕手戦のからくり、ニクソン・ショックの株式市場への影響などがおもしろく解説されている。相場に私情をはさまない、冷酷な相場師である金造のもつロマンチストとしての側面が、えぐりだされている。初刊本は、87年にサンケイ出版から刊行。
※みわ かずお※
◎三輪和雄 『過労死』 徳間文庫、1993年
◆ビジネス戦士を襲う突然死・過労死の実例、その原因と予防などに関する情報を、小説の形を採って、やさしく解説している。くも膜下出血と脳内血腫によって突然倒れた人物の、手術から快復に至る具体的な事例が紹介されている。「エラクなる人は、ストレスをうまく処理する練習をして、ストレスに耐える」力を持っているらしい。
※もくみや じょうたろう※
◎木宮条太郎 『占拠ダンス』 幻冬舎、2007年
◆ある日、一人の社員が邦和信託銀行神田支店を占拠する。前代未聞のたった一人の「ストライキ」。同行の恥部が詰まったデータの公表を武器に、杜撰な経営体質を批判し、幹部を揺さぶる。彼らの混乱ぶり、刻々と変化する対応のあり方、マスコミの取り上げ方、行員のおかれた厳しい労働事情などが浮き彫りにされていく。企業のリスク管理の盲点を突いている。
※もり てつし※
◎森 哲司 『バブル調書』 新潮社、1992年
◆日本で最初に地上げの実態が日刊紙に紹介されたのは、1985年9月23日付けの『朝日新聞』であるらしい。その頃から本格化する土地狂乱劇の裏側で展開される人間ドラマ、土地を通じてうごめく人々の飽くなき欲望の図を示したのが、朝日新聞社記者でもある著者の手による本書である。物語の始まりは、刑務所内の描写。そこでは、銀行屋・株屋・地上げ屋はもちろんのこと、弁護士、税理士、会計士、不動産鑑定士、病院長、運送屋などのバブル人脈が一堂に会していて、「拘置所の知的水準」は史上最高に達している。
※もりむら せいいち※
◎森村誠一 『企業特訓殺人事件』 角川文庫、1978年
◆最大手化粧品会社の、「スパルタ式の、厳しい」新人養成特訓で死去した兄の「復讐」をなし遂げるため、同社に入社した男。その復讐劇を軸にして、物語が展開する。そうした企業の特訓を扱った表題作(1970年に初出)をはじめ、全部で八つの短編が収録されている。
◎森村誠一 『銀の虚城』 角川文庫、1974年
◆ホテル業界。東京オリンピックを前にして、次々と巨大ホテルが建設され、ホテル同士の激し い客の争奪戦が展開されるという時代背景がある。主人公の高村博は、社長からある秘密の特命を受けた。それは、ライバルホテルの従業員になりすまし、内部からホテルを撹乱させよ、という内容であった。彼は、命令通り従業員になりすまし、評判を落とすべく、さまざまな工作を行う。本書の最大の特徴は、ホテルの機構、経営的側面、投宿の手続き、サービス内容など、ホテル経営のノウハウについて詳しく解説されている点にある。著者自身も、かつてはホテルマンであった。巻末にホテル用語の略解があり便利。新大阪ホテルやホテル・ニューオータニなどに務めた経験を有する、森村ならではの内容になっている。
◎森村誠一 『社奴』 (青樹社文庫、1996年)
◆建設業界。大学の同窓生四人。彼らの卒業十年後の姿(大手建設会社のサラリーマン、その会社の副社長の妻、贈収賄事件を担当する検事、政治家の私設秘書)を浮き彫りにさせながら、物語が展開される。本書は、84年に『小説現代』に連載され、同じ年に講談社ノベルスとして刊行されている。
◎森村誠一 『不良社員群』 角川文庫、1979年
◆総合商社。著者が「小説のつもり」で初めて書いた処女作。リアリティに欠けるところがあり、メルヘン的な要素が強い作品。総合商社の活動の一端が随所に出てくるが、どちらかと言えば、経済小説というより、高度成長期におけるある商社を舞台にしたサラリーマン小説と言える。初刊本は青樹社から刊行。
※もりやま つよし※
◎森山 剛 『小説 紙の消える日』 廣済堂、1982年
◆近未来小説。製紙の原料はチップ(製材工場で出る廃材を、チッパーという機械にかけて幅2−3センチの木片にしたもの)である。現状では、紙の重要性についての認識が、石油のそれに比べると格段に低い。しかし、日本は、チップの半分近くをアメリカ・カナダに依存している。「石油輸入の途絶を意味する油断」ならぬ「木断」によって、新聞の発行ができなくなり、その結果、「言論の自由」さえ脅かされることになったらいったいどうなるのか?
※もんま あきら※
◎門間 明 『バブルの帝王』 飛鳥新社、2007年
◆バブル時代の熱狂を象徴する実業家で、「南海のリゾート王」と呼ばれ、『タイム』誌の表紙を飾った男・高梨春則の野望と挫折を描いたドキュメンタリー小説。
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