あ行
※あい まさと※
◎藍 正人 『中国融資を回収せよ』 PHP研究所、2002年
◆著者の藍 正人(あい まさと)は、元興銀マンで、中国ビジネスに精通している中国アジア投資アドバイザー。自分自身の経験した中国ビジネスがベースとなっているので、非常に説得的な内容になっている。「中国という国家がどのようなシステムでどのようにワークしているのか」が大変よく理解できる。
※あいば ひでお※
◎相場英雄 『株価操縦≪マニュピレ−ション(Manipulation)≫』 ダイヤモンド社、2006年
◆ITツールの発展で利便性が高まった。一方、そこにつけ込もうとする人間も急増して、株価の上昇の裏には、巧妙な経済犯罪が増加している。司法の目が光っているにもかかわらず、である。株価の操縦も、ネット、マスコミ、ネット証券を舞台にした信用取引など、ありとあらゆる手段をフル動員して行われる。プロレス興行会社を食い物にしようと暗躍する金融ブローカーで、在日韓国人三世の沼島直樹。それを阻止しようとする、頭脳明晰なプロレスラーの本条潤一郎と幼馴染の新聞記者菊田美奈子が対決する。
◎相場英雄 『偽装通貨』 東京書籍、2008年
◆ネット上の「仮想通貨」(お金に準ずる通貨)や企業が発行するポイントは、社会のなかに急速に浸透し、いまや「2兆円」にも達する勢いである。しかし、それは、法律が届かない「無法地帯」でもある。この本は、そうした仮想・偽装通貨の現状と、その危うさを描いた作品。
◎相場英雄 『デフォルト[債務不履行]』 ダイヤモンド社、2005年
◆大手証券会社のチーフエコノミストが死に追いやられた。日本銀行、財務省、金融庁、大手都市銀行のトップエリートたちによる腐蝕の構造にメスを入れたために。復讐を誓った同志とは、六本木のとあるバーの常連たち。彼らが描いた大胆なシナリオとは、日本銀行をデフォルトに追い込むというもの。一匹狼的なスペシャリスト集団はどのようにしてその目標に向かっていくのか。巨大な組織との激しい攻防戦が繰り広げられる。ただ、描かれたシナリオは、大混乱を起こすことでもなく、カネをパクることでもなく、当事者のみに致命的な打撃を与えるというものであった。第2回ダイヤモンド経済小説大賞受賞作。
※あおい うえたか※
◎蒼井上鷹 『人生相談始めました』 PHP研究所、2010年
◆繁華街から少し離れた雑居ビルにある小さなモーさんのショットバー。バーテンダーという職業柄、常連客の身の上相談の相手になることも多い。そのアドバイスが引き起こすおかしな波紋の数々。
※あがわ たいじゅ※
◎阿川大樹 『幸福な会社』 徳間文庫、2011年
◆リーマン・ショック後の日本経済の現況下で、企業の活性化・再生を模索した作品。以前勤めていた大日本鉄鋼に戻った旭山隆児は、会長の松宮賢一に依頼され、赤字続きの会社経営に新風を吹き込むべく、第三企画室を立ち上げる。目標は、「これからつづく不景気に負けない会社にすること」。赤い髪の室長の旭山は、部下のオートバイを乗りこなす、入社6年目の風間麻美と、ギターが大好きな新入社員の楠原弘毅に、「明日から一週間、出社禁止だ」と言い放つ!
◎阿川大樹 『D列車でいこう』 徳間書店、2007年
◆廃線が決まっている広島県のローカル鉄道を救うために、株式会社ドリームトレインを興す三人。深田由希・MBA取得の銀行ウーマン、河原崎慎平・良心的な融資を心掛けてきた銀行支店長、田中博・鉄道マニアのリタイア官僚。彼らが発する奇想天外なアイデアの数々は、鉄道マニアや新聞記者を動かし、大きな波となって、廃線阻止の流れを作っていく。
◎阿川大樹 『覇権の標的(ターゲット)』 ダイヤモンド社、2005年
◆半導体の製造現場で偶然発見された「シリコン酸化膜を流れる電流の微振動を利用した新しいデバイスの製造の可能性」。すべてはそこから始まった。実用化されると、半導体を組み込んだあらゆる製品をすべて特許侵害で訴えることができるほどの技術ができる。となれば、もし新技術の特許が悪意を持った人たちの手に渡れば・・・。居ながらにして、世の中を支配できる・・・。シリコンバレーでの新技術をめぐる覇権争いと困難を切り抜けていくエンジニアたちの活躍が国際的な視野で描かれている。最後に用意されている意外な結末とは!
※あきもと ひでお※
◎秋元秀雄 『小説経団連』 講談社文庫、1982年
◆1970年代中頃における経団連の実態、政治献金の実態・仕組み(献金御三家といわれる鉄鋼・電力・銀行、 選挙資金や越年資金のために、自民党から要請される政治献金)、財界首脳の考え方や政治家たちとのつき合い などが浮き彫りにされている。初刊本は、77年に二見書房から刊行
◎秋元秀雄 『小説・日米経済戦争 ジャパン・バッシング』 二見書房、1987年
◆展望と願望を混同しつづける日本人。それに対し、円高の着地点を想定して、プラザ合意を成立させたように、いつもシナリオを描いた上で、事を運ぶアメリカ人(やれ自動車だの、カラーテレビなどと、個々のことで争っていても、なかなか本質的に解決されない。そこで、「日本の輸出をトータルでドスンと落とす以外に方法はない」と言うことで採られたのが、大幅かつ急激な、アメリカの円高戦略なのである)。ニ、三年で持ち場が変わってしまう日本の役人。それに対して、一つの問題を十年以上も担当するケースが多いアメリカ。本書は、そんなブレの多い日米間の経済戦争のそれまでの経緯と、1年後の状況を描いた「近未来ドキュメント小説」。
※あさか じゅん※
◎浅香 潤 『ザ・商社マン』 悠飛社、1997年
◆商社。巨大総合商社・久喜物産の紙パルプ部が仲介して、新日本製紙の紙パルプが中国に輸出されたが、それに対して、現地の企業からクレームがつけられる。「ビール・ラベルを作ったところ、ビンに付かずに落ちてしまう」というものであった。その問題を解決するには、中国側との熾烈な交渉を乗り越える必要があった。幾たびもの修羅場を乗り切ってきた商社マンの粘り強い交渉と中国人関係者との間での駆け引きが始まる。本書の対象となる期間は、1996年10月21日から30日までと、ごく短期間であるが、紙パルプの輸出をめぐって、商社・日本のメーカー・現地の輸入会社という三社の思惑と、交渉の推移などが克明に描かれている。また、そうしたディテールのなかから、商社マンの考え方、中国企業の考え方などが描かれている。
※あさかわ じゅん※
◎浅川 純 『カイシャを辞めて就く仕事』 祥伝社ノン・ポシュット、1995年
◆名光事務機の技術者であったが、特約店の東京事務機販売に出向させられた、35歳のカイシャインの淡海省介が主人公。
◎浅川 純 『最終人事の殺意』 新潮文庫、1994年
◆国際的な事業展開を行っている浅田電気で生じた、三人の管理職の変死の謎をミステリータッチで解きほぐしながら、日本的経営に内在する問題点・弊害を浮き彫りにした労作。アルベール・カミュの「シジフォスの神話」を紹介しながら、日本企業のモーレツぶりを批判している。初刊本は、90年に中央公論社から刊行。
◎浅川 純 『しあわせのわけまえ』 講談社文庫、1995年
◆敗戦の廃墟のなかから立ち直ろうとがむしゃらに働き、ひたすら猛進してきた結果成し遂げられた経済成長。その落果寸前の爛熟の極みともいうべきバブル時代。ふいに恐怖にみまわれる今のサラリーマン家庭の危うさを浮き彫りにした六つの短編小説が盛り込まれている。初刊本は、91年に双葉社から刊行。
◎浅川 純 『社内犯罪講座』 新潮文庫、1993年
◆「和を以って貴しと為す」という社是を有する、吉平重機(明治40年創業)を中核とする企業 グループ内で展開されるさまざまな問題をクリティカルに浮き彫りにしている。「日本的経営」で、「日本の会社がいかに従業員との一体感を重視するか」、その結果どのような弊害が生まれているのかを描いている。初刊本は、90年に実業之日本社から刊行。
◎浅川 純 『平成カイシャイン物語』 講談社文庫、1999年
◆平成のカイシャイン(サラリーマンではない)、その家族、職場仲間の喜びや哀しみを描いた短編集。
◎浅川 純 『わが社のつむじ風』 新潮文庫、1995年
◆日立製作所を連想させる日出製作所に入社5年目の74年、人事教育部教育課研修係主任になった羽島民義が主人公。初刊本は、92年に実業之日本社から刊行。
※あづち さとし※
◎安土 敏 『企業家サラリーマン』 講談社文庫、1989年
◆総合商社。総合商社に勤める中堅サラリーマンが主人公。「冬の時代」に入ったといわれてい る総合商社にとっての一つの活路、いわゆる「川下作戦」のむずかしさ、「会社人間」と 「企業家精神」、海外に派遣され現地に根づいた商社マンに対する「本社」の低い評価などについて考えさせられる。また、「事業に成功する秘訣とは、当たり前のことをちゃんとやることだ」という指摘は、大変興味深い。この作品は、91年に”SHOSHAMAN”と題してアメリカで翻訳・出版されている。
◎安土 敏 『後継者』 ダイヤモンド社、2008年
◆父でもある先代社長の突然死、大手スーパーによる悪質で巧妙な乗っ取り工作、腹心の寝返りなど、絶体絶命のピンチのなか、ゴルフ三昧の二代目が食品スーパーの再生に向けて動き出す。約半世紀前に日本で生まれた「スーパー」が、GMSという総合大型店と、スーパーマーケットという食品中心店に分かれた理由は? それらの違いはどこにあるの? 経営の大前提は、業務の本質を的確につかむことであり、そこから出発することの必要性が強調されている。
◎安土 敏 『償却済社員、頑張る』 講談社、2003年
◆大企業を定年退職した人の、新しいライフスタイルへの模索・挑戦を描いた作品。定年になると、時間がたくさんあって、いろんなことができると思っていたが、実際に自由な時間ができてみても、スポーツクラブに通うことを除けば、なかなか熱中して過ごせるものが見つからない主人公。総合商社の川下作戦がほとんど失敗しているという現実や、大企業を辞めることによって、斬新な発想で新事業を展開する人たちにも触れられている。
◎安土 敏 『小説スーパーマーケット』上下巻 講談社文庫、1984年
◆スーパーマーケット業界。著者の本名は荒井伸也。住友商事を経て、子会社のサミットストアーに出向し、専務から社長になる人物である。本書を読むと、スーパーマーケットの実態がよく理解できる。伊丹十三の映画『スーパーの女』の原作。原題は、81年に日本経済新聞社から刊行された『小説流通産業』。
◎安土 敏 『ライバル』 東洋経済新報社、1999年
◆1960年に同じ出身大学から総合商社である国際交易に入社した御堂信太郎と池上唯史の二人が主人公。商社の川下作戦の難しさやトップに要求される条件についても言及されている。
※あねこうじ ゆう※
◎姉小路 祐 『動く不動産』 角川文庫、1998年
◆バブルの絶頂期には、土地の価格がうなぎのぼりに上昇し、土地転がしという言葉が流行した。ここでは、土地本位主義ともいえる日本の社会システムの不可解さが指摘され、「形式審査主義」による土地の登記制度の弊害、その盲点を活用した詐欺的な地上げ屋について述べられている。
※あべ まきお※
◎阿部牧郎 『会社再生』 徳間文庫、1994年
◆1977年、伊藤忠に吸収合併された安宅産業を舞台にして展開される。もはや自主再建は無理な状況に陥っていた。倒産を避けるにはどこかの総合商社と合併するしか道がなかったとき、見事、吸収合併に持ち込んだ男、松井弥之助が主人公である。原題は、88年に 文藝春秋から刊行された『雷鳴のとき』。
◎阿部牧郎 『機密漏洩』 徳間文庫、1991年
◆主人公は、町工場に勤める30歳の高木明彦。日本におけるミサイル開発の状況、親会社と下請け会社の関係がわかる、ミステリータッチの小説。原題は、85年に徳間書店から刊行された『君はサムを見たか』。
◎阿部牧郎 『激流 一日本人の戦後』 徳間文庫、1997年
◆25歳の陸軍少佐が辿った戦後史が描かれている。初刊本は、96年に徳間書店から刊行。
◎阿部牧郎 『商社崩壊』 徳間文庫、1983年
◆総合商社。1976年に伊藤忠と同族会社であった従業員3700名の安宅産業の業務提携が発表され、翌年に住友銀行の主導で伊藤忠が安宅産業を吸収合併したことは、周知の通りである。本書を通して、そうした業務提携から合併に至る過程のなかで、社員たちがいかに生きたのかがよくわかる。初刊本は、77年にダイヤモンド社から刊行された『小説・安宅産業』。
◎阿部牧郎 『ビル街の裸族』 講談社文庫、1992年
◆若者たちにとって、最も身近な買い物の場所と言えば、真っ先に浮かぶのがコンビニであるが、コンビニ業界の内情について詳しく知っている人は少ない。本書を読めば、コンビニのオーナーたちの苦労、数多くのチェーン店を傘下におく本部の考え方がよくわかる。初刊本は、89年に講談社から刊行。
◎阿部牧郎 『ホテルの裏窓』 徳間文庫、1995年
◆ホテルのフロントマンが見たさまざまな人間模様やトラブル模様が描かれている。楽しみながらホテルでの業務内容が理解できる。初刊本は、90年に徳間書店から刊行。
※あら かずお※
◎荒 和雄 『金利危機』 ハルキ文庫(角川春樹事務所)、2007年
◆小説で学ぶ現代金融政策・銀行論。バブル経済の原因・実態・帰結も解説されている。日本銀行の金融政策が銀行、企業、一般家庭にどのような影響を与えるのかがよく理解できる。公定歩合の引き上げ→国債を含め債券の暴落→多額の国債を保有する銀行の危機→長期ローンが重くのしかかる一般家庭への圧迫→経済危機のプロセスと、危機を乗り切るための道筋が描かれている。
◎荒 和雄 『支店撤退』 講談社、1999年
◆多くの不良債権を抱えてあえぐ、バブル崩壊後の銀行業務の厳しい現実、貸し渋りの実態、顧客との軋轢、経営合理化・リストラの具体例、一つの支店がなくなるときに経験する撤退業務、取引先との交渉などが克明に描かれている。
◎荒 和雄 『小説「金融再編成」』 かんき出版、1992年
◆バブル崩壊を受けて、銀行業界が掲げた課題の一つに、銀行同士の吸収合併や他業種との提携をも視野に入れた銀行業務の再編成があるが、この作品のテーマもそこにある。
◎荒 和雄 『小説で読む銀行取引』 法学書院、2005年
◆「金さえあれば、もっと事業を拡大して儲けを上げることができるのに!」 円滑な資金調達は経営者にとって永遠の悩み。しかし、資金不足は、「知識不足」「工夫不足」とも言われている。銀行取引に関してほんの少しの専門的な知識と知恵があれば…。本書は、小説仕立ての手法で、そういった知識と知恵をふんだんに盛り込み、銀行の上手な使い方をわかりやすく解説している。ただ、銀行とうまく付き合うには、相手の事情を知ることも大切である。そこで、銀行の役割・機能やそれをめぐる近年の環境変化にも言及している。
◎荒 和雄 『預金封鎖』 講談社文庫、2004年
◆昭和21年2月、悪性インフレを防止する目的で実施された「預金封鎖=預金カット」。国民生活に多くの混乱をもたらしたことは周知のとおりである。そのときに制定された6つの法律のうち、その一部が現在でも残されているという。もし、その法律を拡大解釈して、デノミと絡めて、ときの権力者によって利用されたら・・・。そうした懸念が示されるのは、いまなおメガバンクを苦しめている不良債権、赤字国債をめぐる問題などを、預金封鎖によって一挙に改善できる可能性があるからである。では、そうした仮説がどのようにして実施に移されていくのか、またそうした措置から国民の財産を守るにはどうすればいいのか。本書は、そうした課題を扱っている。
※あらい しょう※
◎新井 照 『用地屋』 幻冬舎、2010年
◆道路建設という国家プロジェクトの末端で用地取得に奔走する公務員のことは、用地屋と呼ばれている。主人公は用地屋としてのプライドを持った男・奥野実。時期は2000年。道路建設予定地に立つ産廃業者のセリヤの土地保障業務に携わることになった。同社の持っている雰囲気は、まさに「あちらの世界」。万全の法律的知識で武装するだけではなく、ときには脅して威圧するなど、尋常の話し合いができないという、まさに好まれざる交渉相手であった。
※あらい ただゆき※
◎新井忠行 『小説不動産業界』 かんき出版、1988年
◆脱サラ後に零細な不動産業者として出発した新名彬が主人公。自分の軽率さから取引相手による詐欺にあったり、部下に裏切られたりなどの挫折を経験しながらも、都銀新宿支店長の個人的な励ましもあって、中堅デベロッパーとして成長していく過程を描いたドキュメンタリー・ノベル。不動産会社の業務の仕組みがよくわかる。なお、著者はコーリウの社長。
※ありかわ ひろ※
◎有川 浩 『県庁おもてなし課』 角川書店、2011年
◆観光立県をめざす高知県を舞台に展開される新設された「おもてなし課」の職員たちと、観光特使に任命された地元出身の若手作家の奮闘ぶりを描いた作品。地域おこしを考えさせてくれる。お役所と民間の発想の狭間で揺れる主人公の掛水史貴、25歳!
◎有川 浩 『シアター! 2』 メディアワークス文庫、2011年
◆『シアター!』の続編。劇団の存続をかけた活動が展開される一方で、旧メンバーとの確執など、数々の問題が降りかかる。劇団員のそれぞれの個性がより生き生きと描写されていく。
※ありかわ やすお※
◎有川靖夫 『小説農産物輸入』 講談社文庫、1987年
◆官僚たちの利権を断ち切らざるをえなくなる、という事態を生み出す農産物の自由化問題を扱った作品。著者の有川靖夫は、公明党の衆議院議員市川雄一の秘書であった人物。「ノンフィクション・ノベル」。原題は、82年に学陽書房から刊行された『官僚たちの聖域』。
※ありよし さわこ※
◎有吉佐和子 『複合汚染』 新潮文庫、1979年
◆「複合汚染というのは、二つ以上の毒性物質の相加作用および相乗作用のことである」。現在のモノが満ちあふれた社会では、さまざまな化学物質が使われているが、それらの弊害について考えさせられる。74年10月から8カ月にわたって、朝日新聞の朝刊小説として連載された。翌75年に新潮社から刊行されたものであるが、とにかく「型破りの小説」である。なぜならば、「ストーリーもなく、主人公もいない」からである。
◎有吉佐和子 『夕陽カ丘三号館』上下巻 文春文庫、1975年
◆社宅団地を舞台にして、サラリーマンとその妻たちの世界が描かれている。りっぱな外観の社宅にあこがれた女主人公の期待は、次々と裏切られていかざるをえなかった。低価格の家賃にも関わらず、「一家ぐるみで会社に24時間も拘束される」という現実があるからである。
※いくた なおちか※
◎生田直親 『コンピュータ完全犯罪』 廣済堂文庫、1986年
◆信州・松本の相互銀行を舞台にしたコンピュータ犯罪を、主人公のレオナルド紺野が解決していく。彼は、金融機関専門のトラブルに対処する興信所の調査マン。事件は、誰かがCDカードを使い、銀行の自動支払機で、開業医猪股良介の普通口座から3000万円を下ろしてしまうというもの。では、いったい、誰がどういう目的で、そうした犯罪に加担したのか? オン・ライン・システムの意外な盲点が描かれている。松本市と長野市の比較・対抗意識も指摘されている。
◎生田直親 『原発・日本絶滅』 光文社文庫、1999年
◆物語は、茨城県那珂郡東海村にある東海第二発電所で、事故が起きるところから始まっている。それは、ジルカロイ(燃料棒の被覆管材質)が溶解して粒状になり、反応(水と反応して水素ガスを発生する)が爆発的に進行する事故である。折からの北東5メートルの風に流され、6時間後には幅約12キロに拡散して東京を直撃する。本書は、そうした大事故が起こる10時間前から4日後までを視野に入れ、原子力発電の仕組み、事故の原因とそのインパクト、人々の対応、政府や原発関係者の原発に対する考え方などを克明に描写している。
※いけいど じゅん※
◎池井戸 潤 『M1(エム・ワン)』 講談社、2000年
◆中部地方のある小さな「企業城下町」で展開される不思議な「通貨」について扱われている。
◎池井戸 潤 『オレたちバブル入行組』 文藝春秋、2004年
◆銀行。バブル絶頂期の1988年、都市銀行の数は全部で13行あり、「銀行員はエリートの代名詞」でもあった頃。産業中央銀行に就職した半沢直樹が主人公。彼と同じ大学から入行した4人の同期の桜。彼らは、それぞれに夢を抱き、希望に胸を膨らませて銀行の門をくぐったのであるが……。16年後、東京中央銀行大阪西支店の融資課長になっていた半沢は、「粉飾を見破れなかった」という批判を繰り返す無責任な支店長の行動に疑問を抱き、真相の解明に着手する。さらに、苦難を乗り越えて、5億円の回収を実現させる。その方策とは?
◎池井戸 潤 『仇敵』 講談社文庫、2006年
◆銀行。大手都銀のエリート行員であった主人公の恋窪商太郎は、幹部の不正を追求しようとして、逆に銀行から放逐される。首都圏にある地銀の武蔵小杉支店で「庶務行員」として勤務するようになるが、やがてかつて自らを陥れた仇敵への復讐を。同行の若手融資マンである松木の相談にのるなかで、さまざまなトラブルを一つ一つ解決していく。そうしたストーリー展開を軸に、銀行を取り巻く業務内容がわかりやすく紹介されていく。8つの短編をもとに、全体として一つの大きなストーリーを描き出すという構成になっている。
◎池井戸 潤 『金融探偵』 徳間書店、2004年
◆再就職活動中の主人公、元銀行マン大原次郎(31歳)は、ふとしたことがきっかけで、融資を断られた人の相談に乗り、事件を解決したことから、「金融探偵」をスタートさせる。やがて、中小企業融資を担当していたときの経験を生かして、難事件を解決していく。『問題小説』の2002年4月号から2004年2月号に掲載された7つの短編小説の連作集。
◎池井戸 潤 『銀行総務特命』 講談社、2002年
◆帝都銀行総務部企画グループ、特命担当の指宿修平が主人公。8つの短編。顧客データの漏洩、蔵元建設の使途不明金と民事再生法の適用申請をめぐる事件、女子行員のAVビデオへの出演騒動、品川支店長の妻子誘拐事件、女子行員へのストーカー、総務部特命担当に対する人事部の挑戦、川崎支社長に対する傷害事件などが扱われている。それらの背後にあるウラ事情と真相が、指宿によって明らかにされていく。
◎池井戸 潤 『下町ロケット』 小学館、2010年
◆夢と現実のはざま。最先端の設備を駆使した大企業の技術水準を超える、精緻な手技術を持った町工場。「おもしろいものを作ってやろうという挑戦意欲に満ちている。キーテクノロジーは内製化するという社長の方針のもとで、新型水素エンジン・部品の開発を急ぐ巨大企業=帝国重工の技術者と対等、もしくはそれ以上の力を発揮する。また、ライバル社との特許侵害訴訟での駆け引きも興味深い。7年前、宇宙科学開発機構の研究員・エンジン開発主任であったが、いまは佃製作所の二代目社長となっている佃 航平が主人公。
◎池井戸 潤 『空飛ぶタイヤ』 実業之日本社、2006年
◆「タイヤが飛んだ!」。 トレーラーから外れたタイヤが空を飛び、歩道を歩いていた主婦を直撃。主婦は即死した。原因は運送会社の整備不良・過積載・速度オーバーか、もしくはメーカー側の責任か? リコールをめぐり、隠そうとする巨大自動車メーカーと、暴こうとする被害者や週刊誌の記者との息詰まる攻防劇を描いた力作。いろいろなレベルでの思惑と、真実という一本の軸との葛藤。第136回直木賞候補作品。
◎池井戸 潤 『不祥事』 実業之日本社、2004年
◆銀行。かつて大店で活躍する融資係として名をはせ、赤坂支店東京第一銀行課長代理に赴任。副支店長とぶつかったことで目の敵にされ、出世街道から落ちこぼれたものの、念願かなって本店の調査役になった相馬健と、ひどいはねっ返りで上司を上司とも思わないが、彼の部下となる有能な花咲舞の名コンビがさまざまなトラブルを解決していく。彼女の稀に見る事務処理能力の高さと、衣着せぬ物言いで、エリート銀行員を蹴散らせていく様子が痛快である。
※いしかわ たつぞう※
◎石川達三 『金環蝕』 新潮社、1966年
◆九州の巨大ダム工事に関わる汚職事件をえぐり出した作品。
※いしかわ よしみ※
◎石川 好 『錬金 キャッシュ・ジャンキー』 新潮社、1998年
◆文無しの状態から、日本人の多くが「キャッシュ・ジャンキー(現金中毒患者)」になったバブルの時代に大富豪になり、バブルが終わると再び文無しになったある男の物語。本書のおもしろい点は、バブルもバブル崩壊もすべてアメリカが仕組んだものであるという見方をしていることである。
※いしず けい※
◎石津 啓 『小説「店頭株」公開』 かんき出版、1991年
◆急成長を遂げつつあるベンチャー企業の「日本アカウントコンピュータ」社(会計専用オフィスコンピュータの専業メーカー)が舞台。発展途上の企業が株式公開という、一流企業へのパスポートを手にする過程で出会うさまざまな問題点が浮き彫りにされている。
※いしだ いら※
◎石田衣良 『アキハバラ@DEEP』 文春文庫、2006年
◆家電製品の専門街からパソコンの専門街へと変身した秋葉原。観光客が侵攻する表通りから、道を一本奥に入ると、そこは「軽率なメディアを寄せ付けない深い技術と趣味の迷宮が広がっている」秋葉原の深部。「オタクの聖地」となっているそこへは、あたかも同じ傷を持つ者同士がお互いに引っ張られるようにして集まってくる。主な登場人物は、三人の病める賢者であるページ(言語に障害がある)、ボックス(不潔すぎて何物にも触れない。二次元の女性にしか関心がない)、タイコ(デスクトップミュージックが専門分野。時々発作を起こす)と、それにコスプレ喫茶のアイドルで、格闘技に精を出している女性アキラなど。彼らが開発した画期的なサーチエンジン「クルーク」とその成果を分捕って、ネットの覇権を握ろうとする悪の企業家との壮絶な戦いが始まる!
TVドラマ、映画の原作になっている作品。
◎石田衣良 『波のうえの魔術師』 文春文庫、2003年
◆東京の下町、荒川区町屋が舞台。プータローの青年白戸則道は、謎の老投資家小塚との出会いを通じて、「知らない人にはちんぷんかんぷんの」株の世界に入り込み、自分自身を成長させていく。主人公の白戸が「マーケットとの恋に落ちていく」プロセスが、「押しつけがましさとは無縁の瑞々しく軽快な文章」で描かれていく。「融資付き変額保険」というバブルの「徒花」を一人暮らしの老人に売りつけ、彼らの生活をめちゃくちゃにした「まつば銀行」。その巨大銀行の株価を操作し、復讐劇を演じながら、巨額の利益を得ようとする目論見がどのように行われるのか。「おっさん臭そう」な株の話も、この著者の手にかかると、すーっと入り込めるところが大きな魅力。時期は、日本経済が破局に一番近づいた1998年。経済小説を読んでみたいと考えている若い人たちにとって、格好の入門書と言えるだろう。バブルはなぜ起こったのか、バブル崩壊後の日本の経済・金融界が抱える課題、人々の苦悩・表情も見事に描かれている。
※いしばし ひでき※
◎石橋秀喜 『パテント トロール』 タイトル、2010年
◆エレクトロニクス業界。カーナビ開発における特許問題。知的財産の専門家が特許実務の盲点を浮き彫りにしている。特許マフィア(特許ゴロ。自らが保有する特許権を侵害している疑いのある相手に対し、特許権を行使して巨額の賠償金やライセンス量を得ようとする者の蔑称)にねらわれた日本企業の行方。大企業の地財部や特許庁のウラ側に肉薄
※いまこ まさよし※
◎今子正義 『自殺保険』 作品社、2009年
◆不正契約の疑いのある案件を調査する女性保険調査員の活躍を描いた作品。キーワードは因果応報か! バブル期における銀行の過剰貸し付けが原因で経営難に陥った、ホテル等を経営するハマオカ商事では、銀行出身の幹部の入れ知恵で、想像を絶する金額の保険金をかけていた。経営者の死を代償にして経営を立て直そうとする経営者一族の思惑と、事件の真相に迫る保険調査員の息詰まる駆け引きが、描かれている。
※いぬかい たーぼ※
◎犬飼ターボ 『チャンス 成功者がくれた運命の鍵』 PHP文庫、2009年
◆自己啓発小説。ハッピー&サクセス(ハピサク)小説。泉卓也(28歳)は、24歳で中古車販売業を始めたものの、先が見えない状態が続いている。ある日、フェッラーリに乗った成功者弓池に出会う。そして、師匠(メンター)弓池のアドバイスを実践したり、与えられた課題を達成したりしながら、ついに整体院の経営者として自立を果たす。
◎犬飼ターボ 『トレジャー 成功者からの贈り物』 飛鳥新社、2010年
◆『チャンス 成功者がくれた運命の鍵』と同じ弓池がメンターとなっている。同時進行の起業物語。会社勤めに生き甲斐を感じず、悶々とした日々を過ごしている中田功志が、弓池のアドバイスのもと居酒屋を立ち上げ、成功を収めるまでのプロセスが描かれている。事業のセンス、経営者にとって必要なことを知ることができる。
※いのうえ ひろのぶ※
◎伊野上裕伸 『審査せず』 文藝春秋、2001年
◆この作品は、戦後における日本企業の過去・現在・未来の一端を、豊栄火災という損保会社を舞台にして凝縮された形で描き上げた力作である。興信所調査員と保険調査員を合わせて30年近く経験してきたなかで培われた著者の豊富な知識と鋭い洞察力が、叙述の隅々に見事に投影されている。損保業界及びそれと密接に関連した自動車販売業界の業務内容や内幕についても知ることができる。
◎伊野上裕伸 『火の壁』 文春文庫、1999年
◆損保業界。保険を狙った放火は、証拠がなくなってしまうので、犯罪の立証が大変難しい。主人公の保険調査員・相沢志郎は、4回も放火を起こして保険金を受け取った男の調査を担当するなかで、そうした難題に果敢に挑戦する。保険調査員として、犯罪を誘発する伏線を見続けてきた著者ならではの作品である。初刊本は、1996年に文藝春秋社から刊行。第13回サントリーミステリー大賞読者賞受賞作。
※いわさき ひでとし※
◎岩崎日出俊 『プロジェクト・コード 小説 投資銀行』 PHP研究所、2007年
◆外資系投資銀行の日本支社で働く人たちの物語。主人公の工藤大助は、大学卒業後、投資銀行レイノルズ・インターナショナルに就職し、3年目。何にでも熱心に取り組み、上司の藤木龍一郎の信頼も厚い。ある日、ヘラクレス上場企業ではあるが危機に直面している大洋照明(自動車用照明が事業の主力)のディールに取り組むことになる。本書では、そうしたストーリー展開を通して、投資銀行の業務内容、危機に瀕した企業の対処方法・選択肢、大洋照明をめぐる争奪戦が易しく解説されていく。
※いわた まなぶ※
◎岩田 学 『テレビ広告界』 イースト文庫、1993年
◆「CMの世界」のウラ側や広告会社の業務を垣間見ることができる作品。「全てを無視し、いい加減に面白くつくったものが、爆発的な広告効果を発揮したりする」テレビ広告! どのようにして、CMのコンテンツが決まっていくのかがよくわかる。というのも、著者は、広告のウラのウラまで知り尽くしている広告会社最大手の元電通クリエイティブ局ディレクター。CMの作品は1000本以上。特にアサヒビールのCM約20本を自作自演して大いに話題を呼んだ人物でもある。小説の形を取り、芸能人以外は仮名にしてあるが、「ほとんどは実話」であるそうである。
※いわなが よしひろ※
◎岩永嘉弘 『真夜中のプレゼンテーション』 PHP研究所、2002年
◆広告業界。ライオン・モータースというクライアントが発売する予定の都市生活者のためのRV車の広告表現をめぐって、日本エージェンシー、エース企画、太平洋企画という広告代理店3社の激しい受注合戦が開始される。長くて熱いコンペティションのスタートである。しかし、クルマの内容については、まだ十分に知らされていない。ガソリン車か、ディーゼル車か、電気ビークルかさえわからない。本書は、スタートから決定に至るまでの12週間の戦いぶりを描いている。
※うえだ そうすけ※
◎植田草介 『忘れられたオフィス』 徳間文庫、1994年
◆65年に白人国家として独立したローデシアから新生の黒人国家であるジンバブエが生まれた時期に、現地でワンマン・オフィスを構えることになった42歳の商社マンの孤独な奮闘が描かれている。黒人政府を相手にした日本政府のODA(開発援助案件)ぐらいしか商売の種がないといわれたところで、徐々に商売のタネを探し始める。独立直後のジンバブエの国情、経済援助・ODAの内容、アフリカの魅力などがよくわかる。
◎植田草介 『特命交渉人』 祥伝社、1994年
◆総合商社・太洋交易、ジンバブエ首都のハラーレ出張所長夏川修平。現地で誘拐され、身代金500万ドルの要求。単独で調査事務所を営む菊川五郎にその交渉が委ねられた。5年前までハラーレ出張所長であり、土地勘もあることで、彼に白羽の矢が。単身アフリカに乗り込んだ交渉人の苦闘が始まる。しかし、事件の裏には、想像を絶するからくりが隠されていた。誘拐事件がおこると、どういった展開が予想されるのだろうか。一筋縄ではいかない誘拐事件の背景には、現地住民を無視したもうけ主義の案件を押し付けてくる本社の姿勢に対する批判があった。※うしじま しん※
◎牛島 信 『株主総会』 幻冬舎、1997年
◆97年6月27日は、2300社を越える上場企業の株主総会が、全国一斉に開催される「集中日」であった。年商2000億円の上場会社である木谷産業(半導体の専門商社)でもその日に株主総会が実施された。いつも通りの株主会になることが予想されていた。ところが、予期せぬ出来事が起こった!
◎牛島 信 『株主代表訴訟』 幻冬舎、1998年
◆百貨店業界の名門である赤木屋百貨店は、会長の藪田倉造とその愛人と目されている保科美恵子によって牛耳られ、業務の公私混同もはなはだしかった。社長の大滝をはじめ、取締役はイエスマンばかりであった。監査役の水上良介に至っては、ほとんど存在感のない小心者であった。そもそも、「取締役と会社との利害が対立する場合は、監査役が会社を表する」といわれているにもかかわらず、日本の多くの会社の監査役は、重役のなかではほとんど「おまけ」のように軽い存在でしかなく、「閑散役」とさえいわれている。ところが、この監査役が大変なことを成し遂げていく! 株主代表訴訟および監査役について考えさせられる作品である。
◎牛島 信 『逆転』 産経新聞社、2004年
◆「企業法律小説」と銘打った、17の短編小説が収録されている。サラリーマン・管理職が経験するよくありそうな出来事から、企業法の極意の一端をリアルに解説。各小説には、それぞれ主人公らしき人物が登場するが、主人公を助ける弁護士の大木がいつも登場する。「後がないんでね。残りの時間が気になって仕方がないんです」。そんな世代の「世の中」観がよく現れている作品とも言える。
◎牛島 信 『買収者 アクワイアラー』 幻冬舎、2000年
◆企業法律小説。株主代表訴訟の仕組み、日米の裁判制度の違い、具体的な裁判の進め方、企業買収の方法などがよくわかる。牛島の作品にいつも登場する大木忠弁護士のもとに、ある依頼人(首都産業の長野満社主)から、大物財界人(昭和物流機械製造株式会社トップの栗山大三)の妻を奪うため、彼の会社を乗っ取りたいという話が舞い込む。「あの男をビジネスマンとして二度と立ち上がれないようにしたいんだ」と。大木の助言にしたがい、長野は、昭物の取締役への株主代表訴訟を起こすが、事態は、思わぬ方向に進んでいく。
◎牛島 信 『MBO マネジメント・バイアウト』 幻冬舎文庫、2003年
◆百貨店業界を舞台にした企業法律小説。主人公は、ギャラクシー・デパート社長の小野里英一。社長の座にありながらも、経営の実権は、成海紘次郎と、その手先である社外取締役、監査役の弁護士が掌握している。3ヶ月前には、成海から社長の座を奪われることを告げられている。そんななかで、2000年7月12日の取締役会において、頼りになる大木忠弁護士を新しい顧問弁護士に担ぎ上げた小野里。彼は、グループ内でナポレオンのごとく振舞う成海に反旗を翻して、第三者割り当て増資を提案する。50%を超える成海の持ち株比率を低下させるためである。こうして、小野里自身が、ギャラクシー・デパートを買収してしまう。MBO、つまり、経営者による会社の買収である。しかし、事態は思わぬ方向に進んでいく・・・。
※うしだ まさお※
◎牛田正郎 『悪党の手口 小説・日本熱学倒産事件』 イースト・プレス、1993年
◆著者は、日本熱学工業の元社長。57年に創設。空調事業を成長させ、コインクーラーのエアロマスターを開発し、一部上場を果たすものの、74年5月20日に倒産した。大手都銀、大手家電メーカー、右翼、企業舎弟の餌食となり、倒産の憂き目に遭遇した牛田が、彼らの生々しい手口をドキュメント・タッチで暴露した作品である。
※うすい ゆうじ※
◎薄井ゆうじ 『社長ゲーム』 講談社、2000年
◆会社の経営者に必要な資質・条件とは何かを考えさせられる作品。同族会社の抱える現実や闇金融の怖さも良くわかる。不幸な境遇のもとで育った主人公の武藤英行は、ケイスリー食品という蒟蒻製造会社を経営する片桐貞夫の家に引き取られる。義父の貞夫は、英行を将来の後継者にするため、中学の入学祝として、英行を代表取締役に就任させ、帝王学を伝授する。義理と人情に流されやすい日本的な経営感覚にもなじめないでいた彼は、国際的なビジネス感覚を学ぶため、アメリカに出発する。4年間の滞在中、彼は、ラスベガスで刈谷という日本人に遭遇し、彼と組んだギャンブルで50万ドルの大金を稼ぐ。その間に、下請け企業の一つである、シグマ薬品工業の倒産が引き起こした傷が深くなり、会社の経営が思わしくない状態に陥っていることを知る。帰国した刈谷の協力を得て、会社の倒産を防ぎ、経営者になる。
※えがみ ごう※
◎江上 剛 『異端王道』 東洋経済新報社、2005年
◆46年間の歴史に幕を閉じた長期融資銀行を外資系ファンド(トリップルウッドホールディングスが設立した投資ファンド、ニューパートナーズ)が買収し、平成12年3月にスタートした新興銀行は、スタート直後から、激しい資金金回収を行い、「ハゲタカ」とか「ハイエナ」との悪評がたっていた。背景には、外資に対する違和感があった。そんななか、社長の伊勢正道(1929年2月14日生まれ。世の中に出てからほとんどの機関、アメリカ人の考えの中で仕事をしてきた日本人)は、「これまでの銀行になかったサービス」の提供を合言葉に、部下たちを引っ張っていく。新生銀行がモデル。
◎江上 剛 『隠蔽指令』 徳間書店、2008年
◆いい加減さと、他人を犠牲にしてでも自分を守るという気質の銀行首脳部。実直で不器用で、しかも高い実行力を有した男。両者のコントラストが描かれている。ある人物への融資を秘密裏に処理したいという頭取の「隠蔽指示」。与えられた任務を最後までやり遂げていく主人公の銀行員・天野善彦。「自分を裏切ろうとする組織には、裏切りで対抗する。それが正義だ」。
◎江上 剛 『合併人事 二十九歳の憂鬱』 幻冬舎文庫、2008年
◆合併でできた銀行で繰り広げられる男たちの権力闘争の様子や「下らない論理」が、主人公の銀行ウーマン日未子の目線で描かれている。仕事の楽しさと難しさ、行き詰まり感、結婚と仕事を天秤にかけざるをえない気持、心の支え、恋愛、勉強…。三十歳を前にして、女性たちが共通に持つ「迷いと焦り」。会社だけではなく、趣味、家庭、地域、ボランティア、スポーツ、子どもなど、「意図的に自分の心を支える柱を複数建てないと、苦しくなる時代」(小室淑恵の解説)を生きることの難しさを考えさせられる。
◎江上 剛 『起死回生』 新潮社、2003年
◆以前は、「全てが輝いていた」「あの頃の銀行には負うべき役割が期待されていた」。「どこでもやっている」というのが口実になった。「それに責任をとらなかった」。「真剣に考えたことはないが、銀行はお上に甘えすぎた。自分で何も考えなかった」。「企業を育て、成長を見守っていく。取引先の経営者や従業員とともに喜びや悲しみを共にするのが銀行員の仕事だった」。「本部の指示のまま動いていた。そこには批判精神がなかった」。ところが、全てが変ってしまった。「いまどきエリートになっても何もメリットはありません」「メインも何もない」「いったい何をしてきたのかと哀しくなる」。そうした銀行員の精神状態を止揚する手段はあるのか。本書は、そんな関心から書かれているように思われる。
◎江上 剛 『告発の虚塔』 幻冬舎、2011年
◆たすきがけ人事や派閥抗争から抜け出せないメガバンクの苦悩・暗部を描いた作品。プライドとコンプレックスが交錯するなか、合併行のバランスや融和を優先するあまり、能力のあるトップに恵まれない状況。貸し渋り・貸しはがしの実態も。三つの銀行の合併後、深刻な派閥抗争が続くミズナミフィナンシャルグループ(MFG)の広報部員である関口裕也は、プレスパーティーでかつての恋人・木之内香織と9年ぶりに再会する。香織は大東テレビの辣腕記者として活躍中であった。
◎江上 剛 『小説 金融庁』 講談社文庫、2008年
◆大量の不良債権を抱えた大東五輪銀行をめぐる検査官と銀行側の息詰まる攻防劇。前者は、日本の金融機関をなんとか立ち直らせたいと考え、原理原則に忠実に検査を実施する辣腕検査官の松嶋哲夫。後者は、頭取と銀行を守るために姑息な対策を講じる切れ者の倉敷浩一専務と、哲夫の弟で、誠実な銀行マンとしての板挟みに悩む松嶋直哉。金融庁の検査官というと、冷酷非情な役人のイメージでとらえられがちであるが、この作品では、使命感と人間の情を兼ね備えた「生の人間」として描かれている。
◎江上 剛 『信なくば、立たず』 光文社文庫、2011年
◆企業、経営者、サラリーマンのあるべき姿を「論語」の言葉にそくして解説した短編集。表題作(食品偽装、内部告発)のほか、「己の浴せざるところを人に施すなかれ」、「学んで思わざれば則ちくらし」、「徳は弧ならず、必ず鄰(となり)あり」、「後生畏るべし」、「飽くまで食らいて日を終え」、「己れを行うに恥あり」。
◎江上 剛 『統治崩壊』 光文社、2004年
◆大日朝日銀行広報グループのリーダー、37歳、峰岸貴之。平成13年に大日銀行と朝日銀行が合併してできた同行は、人事で割れ、時代に取り残されていた。現会長檜垣哲郎(旧朝日銀行頭取)と現頭取若村達也(旧大日銀行頭取)の仲が最悪。ある日、峰岸に、かつて檜垣の指示による暴力団への50億円の貸し込みがあったという密告電話が。両派閥間の抗争と事態の打開を図ろうとする峰岸のアクションの始まり。最後に用意されたドンデン返しがお見事!
◎江上 剛 『非情銀行』 新潮社、2002年
◆「従業員、行員が幸せになれない銀行がはたして顧客を幸せにできるだろうか?」。財閥系大手銀行の東光銀行との合併を有利に進めるために、都市銀行中位行・大栄銀行の山本信介頭取と、腹心であり影の実力者である中村常務は、「人材能力開発室」という名の「強制収容所」を作って、リストラを強行しようとする。それに対して、主人公である上席審査役の竹内徹が反旗を翻す。そうしたストーリーの展開の中で、銀行の業務が学べる工夫が盛り込まれている。
◎江上 剛 『不当買収』 講談社、2006年
◆M&Aの世界、それにまつわる人々の考え方の変化、最近の銀行業務が描かれている。TOBをかけられた中堅メーカーの命運は? ワールド・フィナンシャル・バンク(WFB)に勤務する松下遼と榎本彩は、恋人同士。彩は、将来、自分の父親が経営する中堅メーカーであるエノモト加工(東証二部に上場。無借金経営を誇っている)の後継者になって欲しいと考えている。しかし、遼は? ユナイテッド・スイス・バンクの東京の責任者で、日本におけるM&Aの権威大沢幹夫に引きぬかれ、同社が立ち上げる投資ファンドに転職する。同社のメインは、敵対的買収、TOB(テイク・オーバー・ビッド)で、外資系の「ハゲタカ・ファンド」とも呼ばれるようなものであった。大沢の新しいターゲットは、なんとエノモト加工であった……。彩をとるか、大沢=仕事を取るか? 松下の苦悩が深刻化する。両陣営の当事者の愛情問題が絡むちょっと風変わりなM&Aドラマ!
◎江上 剛 『我、弁明せず。』 PHP研究所、2008年
◆三井銀行のリーダーのみならず、三井財閥の「大番頭」、日銀総裁、大蔵大臣として激動の時代を生き抜いた人物・池田成淋の生涯を描いた作品。銀行融資の原点は、融資先企業の先行きを見極める力である。とはいえ、現実には、担保の有無に左右されず、経営者の熱意や行動力、バランスシートを判断材料に融資を決定するのは至難の技である。どうしても担保主義に陥りがちになる。多くの銀行マンにとって避けて通れないこの問題を考える際、時代状況は異なるものの、大いに参考になる。 初出は、『文蔵』2006年10月〜2007年9月の連載。
※えさか あきら※
◎江坂 彰 『冬の花火 ある管理職の左遷録』 文春文庫、1985年
◆広告代理店で、役員一歩手前の大阪支社長のポストにある人物が主人公。日記風の本書は、著者自身が「左遷でえた自分の感傷的意味を絶対に風化させてはならない」ということで、「会社と自分をぎりぎりのところでとらえよう」として書かれた、事実そのものではないが、フィクションでもない、両者の間隙にある「真実」を描いた作品である。左遷された主人公は、失意のなかで孤立し、自分を失いかけるが、やがて立ち直って、再び評価されるようになっていくプロセスが描かれている。初刊本は、83年に文藝春秋から刊行。
※えばと てつお※
◎江波戸哲夫 『敢えて出社せず』 祥伝社文庫、1999年
◆バブル崩壊後、終身雇用による過剰労働力の問題、年功序列の究極ともいえる「老害」問題、「家庭は会社よりも下位の単位」とみなされたことによる「家庭の空洞化」、といったさまざまな問題が出てきている。本書には、そうした時代背景のなかで、サラリーマンの「人間性の再生」という課題を扱った七つの短編小説が収められている。原題は、95年に立風書房から刊行された『出社拒否宣言』。
◎江波戸哲夫 『イントラネットクーデター 小説・退陣要求』 祥伝社、1997年
◆食品工業。バブル崩壊後、缶コーヒーに代表される飲料からさまざまなレトルト食品にまで手を染めていたレインボー食品は、ワンマン会長花輪武志の努力によって大きな飛躍を経験した。中堅企業としての地位を確保したが、今ではそのワンマンぶりが新たな飛躍を阻害するという状況に陥っていた。そこで、社長の大谷忠彦は、導入されたイントラネットを活用して、会長を追放するという策謀をねった。しかし、結局はネットを活用した部下たちの陰謀によって、両者とも会社から放逐されてしまう。
◎江波戸哲夫 『女たちのオフィス・ウォーズ』 光文社文庫、1999年
◆アパレル、銀行、デパート、不動産、広告代理店、流通などの業界で働く女性達を主人公にした七つの話から構成されている。
◎江波戸哲夫 『会社葬送 山一證券最後の株主総会』 新潮社、2001年
◆全員が実名で登場する。この作品の主人公である永井清一(1万7000株保有)と増山三男(3万5000株保有、総務部次長兼株主課長、42歳)から提供された多くの資料と証言をもとにして書かれており、山一證券の崩壊に至るプロセスがよくわかる作品。
◎江波戸哲夫 『起業の砦』 講談社、2011年
◆父(田中辰夫、49歳)は、大手不動産会社の五菱不動産で大掛かりなリストラを実行したために、自らも職を辞し、ハローワークに通っている。他方、息子(田中雅人、24歳)は、新興IT企業のプログラマーであったのが、親に内緒で退職し、起業支援施設でオフィスを開設。展望の見えない状況のなかで、もがき苦しむご両人。そして二人がそれぞれに新たな道を切り開いていくプロセスが描かれている。
◎江波戸哲夫 『企業の闇に棲む男』 講談社文庫、1998年
◆「協和綜合開発研究所」を主催し、平安閣グループの数社を経営する一方で、90年2月から11月まで商社「イトマン」の常務を務めた伊藤寿永光(本の中では武藤末吉)がモデル。バブルの時代に権力と金を手中にした男たちのうごめきと野望を描いた作品。初刊本は、94年にダイヤモンド社から刊行。
◎江波戸哲夫 『偽薬』 講談社、1998年
◆バブル経済がはじけて二年が経過した頃。すでに斜陽化したといわれている製薬業界にあって、大協製薬の次世代を担う新薬「DK−777」の開発は、いまや臨床試験の段階に入っていた。それは、脳梗塞や脳出血の特効薬であった。ところが・・・。
◎江波戸哲夫 『キャリアウーマン』 徳間文庫、1997年
◆広告代理店。「事なかれ主義」に侵された男性たちに混じって、斬新なアイデアを提起する、広告代理店勤務の28歳キャリアウーマン。彼女の活躍と、最後には「凶器」に変身するプロセスが 軽快なタッチで描かれている。日本のキャリアウーマンにとって、まだ「お手本」がないという実態がよくわかる。原題は『柔らかな凶器 』(集英社、1993年)。
◎江波戸哲夫 『疑惑株』 徳間文庫、1989年
◆証券業界。兜町を舞台に、投資研究会を組織しながら、巨大証券会社に戦いを挑む男の挑戦 と挫折を浮き彫りにした作品。株の世界の魅力と怖さが見事に浮き彫りにされている。原題は、85年に講談社から刊行された『小説兜町』。雑誌の連載→単行本→テレビのドラマ化、というエンタテインメントをめざした小説のフルコースを辿った経済小説。
◎江波戸哲夫 『銀行支店長』 講談社文庫、1995年
◆銀行。大手都銀の三友銀行がかつて吸収合併した大昭和信用金庫。その本丸であった飯田橋支店長として、主人公の片岡史郎が赴任するところから物語が始まる。原題は、92年に講談社から刊行された『支店長最後の仕事』。
◎江波戸哲夫 『空洞産業』 徳間文庫、1998年
◆日本経済を支えている下請けの中小企業、産業の空洞化に迫る作品。親会社は発注を減らしてくる。それに代わる取引先は見つかりそうもない。いったいどうすればいいのか?突破口はあるはずだ!
◎江波戸哲夫 『くたばれ成果主義!』 飛鳥新社、2007年
◆バブル崩壊後の「失われた十年」。終身雇用や年功賃金の修正は余儀なくされ、成果主義の重要性が指摘されたが、必ずしも十分な成果を上げているとは言い難い。成果主義は「不安の種になりこそすれ、元気づける要素は何もなかったんだ」。そうした流れを受け、本書が描きだすのは、大手電機メーカーのコスモ電機における新成果主義(=フレキシブル成果主義)の導入をめぐって引き起こされる社内抗争。
◎江波戸哲夫 『高卒副頭取』 講談社文庫、1997年
◆銀行。高卒行員の「希望の星」といわれ、時にはダーティーな仕事も果敢に処理し、大手都市銀行(東西銀行)の専務にまで出世した男が主人公。銀行が背負い込んだバブル後遺症の大きさがよくわかる。初刊本は、94年に講談社から刊行された『迷走銀行』。
◎江波戸哲夫 『壊れた心を見つけたら メンタル・クリニック3001』 文藝春秋、2001年
◆ビジネスの日常に潜む心の病に癒しの手を差し伸べる「メンタル・クリニック3001」を舞台にした連作短編集。主人公は、クリニックの医師・神山恭平。彼自身も強迫神経症という心の病を抱えている。人間の心の闇の深さに圧倒されながらも、神山はいろいろな患者と向かい合う。
◎江波戸哲夫 『左遷! 商社マンの決断』 講談社文庫、1990年
◆総合商社。高度成長期には、モーレツ社員の典型ともいわれた商社マンであるが、低成長期に入ると、「冬の時代」を迎えることになった。ここでは、新しい商社マン像が提起されている 。また、企業内失業者となった中間管理職の会社に対する微妙な心情が描かれている。原題は、『経済情報小説 総合商社』。
◎江波戸哲夫 『集団左遷』 祥伝社ノン・ポシェット、1995年
◆不動産業界。バブル崩壊後のリストラを描いている。東映で映画化される。
◎江波戸哲夫 『小説大蔵省』 講談社文庫、1987年
◆大蔵省予算局防衛担当主計官の小倉勇を主人公にして、大蔵省のキャリアの活動、予算の決定過程(官僚たちの考え以外にも、自民党・財界・アメリカなど、さまざまな思惑が入り乱れて決められていく)、政治家との駆け引き、大蔵省の職務編成などがよくわかる。初刊本は、84年にかんき出版から刊行。
◎江波戸哲夫 『小説起業講座』 日経BP社、1997年
◆日本で最初の試みである、インターネット(『日経ベンチャー』のホームページ)に連載された作品に読者の意見・声を加味して創作された作品。小規模な板金工場の経営者の苦労と社員に対する情報公開の重要性がよくわかる。なお、連載中の様子は、日経ベンチャーのホームページである「日経ベンチャーワールド」http://www2.nikkeibp.co.jp/nvw/novel/index.htmlで閲覧できる。
◎江波戸哲夫 『小説通産省』 徳間文庫、1989年
◆1971年6月に通産大臣に任命された田中角栄(本の中では田上栄三)の秘書官であり、のちに産業政策局長から事務次官になる小長啓一(本の中では長尾浩一)をモデルにしている。VAN(付加価値伝送サービス)などの電気通信事業における主導権をめぐる郵政省との確執(=なわばり争い)、キャリアの活動、行政指導の実態、自民党の野党実力者に対するすさまじい 国会対策の実状、通産省の歴史、規制緩和(貿易・資本・金融の自由化)の歴史などを描いている。初刊本は、86年にかんき出版から刊行。
◎江波戸哲夫 『小説都市銀行』 講談社文庫、1991年
◆銀行。最大手の都銀である東西銀行を舞台にして、バブル期以降の銀行業務の新しい傾向が描かれている。初刊本は、88年に講談社から刊行。
◎江波戸哲夫 『小説 盛田昭夫学校』 上下巻、 プレジデント社、2005年
◆敗戦後、井深大とともに、ソニーの前身となる東京通信研究所(のちの東京通信工業)を立ち上げた盛田昭夫の半生および、彼の部下たちの活動が克明に描かれている。ソニーの歴史、ソニーの各種製品の開発・販売のプロセス、同社から見た日本の戦後経済の歩みが手にとるようにわかる実名小説。
◎江波戸哲夫 『新入社員』 日本経済新聞社、1996年
◆太陽興産営業部を舞台にして、@新入社員(定年までのことを視野に入れて考えることなどできないし、上の世代が作り上げた経済大国を守るために自分たちの価値観を変えようとは思わない)と部課長たちとの考え方のズレ、A上司とトラブルを起こして退社する新入社員、B上司との溝を感じつつも徐々に仕事になじんでいく新入社員などが描かれている。「やり始めてすぐから面白い仕事なんてありはしないのに、その三年間が不満で腐ってしまう。どんな仕事だって三年くらい寝食を忘れて打ち込むようじゃなきゃ、とうていプロにはなれない」という言葉は、多くの新入社員の励ましになるだろう。
◎江波戸哲夫 『政商誕生』 講談社文庫、1993年
◆東大在学中に始めた通信添削による学習指導によって、実業界に進出した男が、政治家を活用しながら事業を拡張していく過程を描いている。原題は『政商、誕生す』(講談社、1990年)。
◎江波戸哲夫 『退職勧告』 祥伝社ノン・ポシェット、1996年
◆バブル崩壊という時代背景のもとで、なんらかの挫折を経験するサラリーマンを描いた七つの短編が収められている。いずれも、平凡なサラリーマンが、ふと気がつくと、直面していそうな局面ばかりが紹介されている。バルブ崩壊後の現在、「一流大学を出て、一流会社に勤めれば」、エリートになって、一生安泰というこれまでの「エリート神話」が解体したことを述べている。
◎江波戸哲夫 『団塊世代の二万二千日 あの日、あなたは、ここにいた』 リベラルタイム出版社、2008年
◆団塊の世代から見た戦後60余年の生活・社会経済の動き・流れを描いた作品。堺屋太一が団塊世代と名づけ、多くの話題を投げかけた1947−49年生まれがとうとう還暦を迎えた。本書は、46年生まれの著者が区切りとなるいま、記憶の片隅にかすかに残る場面や感情をもう一度じっくりと活字で辿り直すという内容。戦後史を彩った数々の出来事が、登場人物の生の声を通して浮き彫りにされていく。
◎江波戸哲夫 『乗っ取り指令』 講談社文庫、1991年
◆スーパーマーケット業界。大手のスーパーによる中小スーパー乗っ取りの実態を描いている。原題は、『ビッグストア』講談社、1988年。巨大なチェーン店を展開したスーパー経営者は、あらゆる手練手管と権謀術数に長けた人物であったと述べられている。
◎江波戸哲夫 『復活の砦 小説・管理職ユニオン』 祥伝社、2000年
◆「リストラ元年」と称されている1993年12月20日、東京管理職ユニオンが産声をあげた。加入者14名でのスタートであった。本書は、この管理職ユニオンを舞台に展開されるさまざまなドラマ(体験手記の出版、組合員による会社の立ち上げと挫折、会社側との団交、「職場いじめ110番」、「倒産リストラ110番」、名古屋支部と大阪支部の結成)をドキュメントタッチに描いたものである。解雇撤回、退職金増額などで大きな成果を上げている。
◎江波戸哲夫 『部長漂流』 角川書店、2002年
◆太陽不動産の部長・森田道弘は、会社の「早期退職制度」に応募する。明日から出勤しないですむと思いながら、家に帰ると、妻・長男・長女の家族が消えていた。割増退職金の半分も、なくなっている。仕事一筋に生きてきた彼は、家族の失踪を機に、自らを問い直す。
◎江波戸哲夫 『平成裏ビジネス講座』 徳間文庫、2001年
◆裏ビジネスの世界。盗聴破り、錠前破り、いじめバスターズ、アリバイ屋、夜逃げ屋、名簿屋、インターネット詐欺師など、裏稼業の実態とそれを依頼する人々の裏事 情とは。「何でもあり」の現在の日本。主人公は、「闇の便利屋」を営む中野商会を手がける本郷和夫。ソフト会社で腕利きの営業マンであったが、リストラで職を失い、妻にも娘にも逃げられた42歳の独身男性。何でもやるが、「犯罪には手を染めない」というポリシーの持ち主。
◎江波戸哲夫 『ヘッドハンター』 ちくま文庫、1991年
◆最近では、ヘッドハンターに声をかけられるのは、むしろ自分の能力を高く評価されているということで、肯定的に受け止めるサラリーマンが増えてきたと言われている。そういう時代背景の下、「901」と呼ばれる、人情味あふれるが、きれもののヘッドハンター・津島雄一郎を主人公にした9つの短編小説をまとめた連作。ヘッドハンターの活動ぶりがよく分かる。すんなりと成功する話はあまり出てこない点に、オリジナリティを感じさせられる。初刊本は、1988年に筑摩書房から刊行。
◎江波戸哲夫 『報道(ニュース)キャスターの掟』 祥伝社文庫、2001年
◆視聴者の1%はおよそ60万人、10%だと600万人が見た勘定になるテレビの世界が浮き彫りにされている。硬派のドキュメンタリー番組の企画が少なくなっている昨今、テレビ局に対して、単に視聴率にだけ追われるのではなく、明確なコンセプトをもった取り組みを期待する著者のまなざしが、そこにある。主人公は、太平洋テレビの編成局長になったばかりの水島洋。同局のニュース番組のいずれもが苦戦しているなか、彼は、1年後に放映する新しいスタイルのニュース番組のメインキャスターとして三人の面白い人物を担ぎだそうとする。
◎江波戸哲夫 『マンション戦争』 光文社、1997年
◆本書は、反対運動に身を投じる35歳の独身キャリアウーマンと33歳の独身公務員の恋愛問題を軸に、第二次マンションブーム下の1970年に建設されたマンションの、立て替えをめぐる住民同士の利害対立と、それに伴って起こるさまざまな問題を扱っている。
※おうめ ひろし※
◎青梅 浩 『企業内棄民』 徳間文庫、1989年
◆百貨店業界。名古屋で創設され東京に進出した、創業350年をほこる同族の老舗デパートに入社し、ニューヨーク支店に赴任したあるエリート社員が出世街道から外れるまでのプロセスが描か れている。ニューヨークと日本における百貨店業務の比較や「貿易実務」に関する興味深い叙述がある。
※おおした えいじ※
◎大下英治 『狼たちの野望―IT革命最前線』 廣済堂出版、2001年
◆2000年から2001年にかけてのわが国におけるIT革命の実態を描いたドキュメンタリー小説。渋谷のビターバレーを母体に、IT革命の旗手たちの考え方や活動ぶりが描かれている。サイバーエージェントの藤田晋、ネットプライスの日高祐介、グローバル・メディアオンラインの熊谷正寿、ガーラの村本理恵子、菊川暁、オン・ザ・エッヂの堀江貴文、ネットエイジの西川潔、ソフトバンクの孫正義などに対するインタビューが反映されている。
◎大下英治 『オウムを喰おうとした男 小説O鉄工事件』 徳間文庫、1997年
◆オウム真理教事件。石川県で年商40億の「オオハラ鉄工グループ」を経営していた大原雄治。瞑想に興味を抱いていたがゆえに、麻原彰晃の門を訪ねたことを契機にして、彼は地獄の苦しみに遭遇する。オウムの普及ぶりと恐ろしさが描かれている。
◎大下英治 『改訂版東京外為市場25時 伝説のディーラー』 徳間書店、2005年
◆ディーラーの快感・苦しみ・過酷さを余すことなく描いた大作。ディーラーというと、クルマのディーラーを連想する人が多いが、ここで登場するディーラーとは、外国為替の売り買いをする人のことである。1秒間に、何億円というお金が動くスリリングな世界。勝つか負けるか。主人公である北原一輝の一挙一動に、「生きるか死ぬかの壮絶な戦い」が織りなすディーリングの魅力に、読者は振り回されるのではなかろうか。何しろ、北原のモデルは、「伝説のディーラー」と呼ばれ、いまなおシンガポールで現役として活躍しているチャーリー中山こと、中山茂なのである。
◎大下英治 『カラオケを発明した男』 河出書房新社、2005年
◆世界的に有名な雑誌『タイム』アジア版1999年8月23日―30日号に、「20世紀で最も影響力のあったアジアの20人」が掲載された。そのなかに日本人が6名。昭和天皇、豊田英二、黒澤明、盛田昭夫、三宅一生の5名は、誰でも名前を知っている。井上大佑(だいすけ)は、それほど知名度が高くなかった。ところが、彼の発明したカラオケは、世界の夜を衝撃的に変えるほどのインパクトをもったのである。
◎大下英治 『梟商 小佐野賢治の昭和戦国史』 講談社文庫、1993年
◆現代の政商と呼ばれる国際興業の社主であった小佐野賢治の生涯、および自動車部品の販売から 出発してバス・ホテル・レジャー開発へと拡張される事業の展開プロセスを描いたもの。54歳で史上最年少の首相となった田中角栄との密接な関係についても言及されている。「戦国時代なら相手の命を取らないとだめだったのに対して、30億や60億で『天下』が取れれば安いもの」といった内容の発言には、興味がそそられる。全体として、「政・財・闇」の世界すべてにつながり、大企業グループを創設した小佐野賢治の視点から、戦後の日本経済史を見ることができる。
◎大下英治 『銀行喰い』 光文社文庫、1998年
◆イトマン事件を扱った作品。その事件に投影された「表の世界」と「闇の世界」との葛藤が浮き彫りにされている。初刊本は、95年にジョイ・ノベルス(実業之日本社)から刊行。
◎大下英治 『ゲーム戦争』 光文社文庫,1996年
◆バブル崩壊後も、気を吐いている数少ないジャンルであるゲーム業界における熾烈な競争をセガ(およびその社長である中山隼雄)を中心に描いた作品。経済小説ではなく、ノンフィクションである。
◎大下英治 『最後の総会屋』 徳間文庫、1995年
◆「広島グループ」と呼ばれた総会屋がモデル。総会屋と企業との関係、総会屋の実態、株主総会の実態がよくわかる。初刊本は、93年に桃園書房から刊行。
◎大下英治 『地獄のマルチ商法』 桃園文庫、2007年
◆かつて悪名をとどろかせた「豊田商事の永野一男」をモデルにして、悪徳商法を描ききった作品。純金ファミリー証券(純金の現物なしで、ファミリー証券を渡して年15%の利子を客に払う)、ゴルフ場の会員権、ダイヤモンドによるネズミ講のベルギーダイヤモンドなどで、当時一千数億円を超える金を集めていた。
◎大下英治 『視聴率ハンター』 光文社文庫、1991年
◆テレビ業界。視聴率というものに「束縛」されるテレビの世界の裏事情を描いたもの。編成局 ・営業局・制作局といったテレビ会社内部での組織構成・業務がよくわかる。
◎大下英治 『社長ハンティング』 徳間文庫、1991年
◆百貨店業界。「西武」の堤清二による「三越」の板倉芳明のヘッドハンティングがモデル。原題は、『敵陣より帝王を撃て』(徳間書店、1987年)。
◎大下英治 『十三人のユダ 三越・男たちの野望と崩壊』 新潮文庫、1989年
◆百貨店業界。老舗百貨店「三越」の社長の座に十年間(1972年4月−82年9月)君臨。本来は一取引業者に過ぎなかったが、やがて愛人となる竹原みち(竹久みちがモデル)とともに「専制政治」を行った岡岩茂(岡田茂がモデル)が失脚するまでのプロセスを描いている。初刊本は、1987年に新潮社から刊行。
◎大下英治 『小説経済産業省』 徳間書店、2006年
◆小泉政権下で経済産業大臣を務めた二階俊博をはじめ、経済産業省の副大臣・事務次官・審議官・エネルギー庁長官などの登場人物が実名で出てくるドキュメント・ノベル。 彼らの仕事ぶりはもちろんのこと、経済産業省の歴史、同時代の経済政策の実情・裏側、外国の要人との交流などがよくわかる。特に、発想が豊かで(「一日に三つも四つのアイデアを思いつく」)、決断力もある二階の活躍は、注目に値するものとして記されている。
◎大下英治 『小説佐川疑獄』 徳間文庫、1993年
◆「女のソープに男のサガワ」という言葉がある。「身体がボロボロになるが、おカネがためられる商売ということである」。政治家と癒着し、暴力団とも癒着したある運送会社の光と影が描かれている。初刊本は、93年にぴいぷる社から刊行。
◎大下英治 『小説税制国会 リクルート疑惑』 角川文庫、1989年
◆わが国に大型間接税を導入しようという企てについては、1979−80年の大平内閣による一般消費税、87年の中曽根内閣による売上税があった。いずれも失敗に終わったあと、世論の大反対にもかかわらず、88年に竹下内閣のもとで、3%の消費税が導入された。本書は、消費税の導入に至るまでの政界の動きを実名で描き出したドキュメンタリー・ノベルである。国会議員たちの行動様式、与野党の駆け引きがよく理解できる。
◎大下英治 『小説電通』 徳間文庫、1984年
◆広告業界。「取り扱い高で世界一、日本の総広告費の四分の一以上を占める」巨大な広告代理店「電通」の活動を小説の形で記述している。本書の初版は、電通とは全く利害関係のない三一書房から81年に刊行されたという事実にも、興味をひかれるだろう。時期を同じくして刊行された、田原総一朗のドキュメント『電通』と読み比べてみるとおもしろい。
◎大下英治 『小説日本買収 巨大外資に呑みこまれる日』 祥伝社ノン・ノベル、1998年
◆外資系投信会社に勤務するファンド・マネージャーの松崎克也は、国際的な総合金融グループの会長や世界的な相場師の手足となって、日本の金融界を裏で牛耳ることを始めた。外資による日本の大手銀行・証券会社の買収・提携が進行する近未来の日本の金融界を「予測」した近未来小説。
◎大下英治 『小説日本ビッグバン』 祥伝社ノン・ノベル、1997年
◆4年後の日本の金融界がどのようになっているのかを予測した近未来小説。本書を読むと、現在が激動の時代であることがよく理解できる。なお、新しいアイディアの発見には、「問題解決型」、「逆転思考型」、「組み合わせ型」という三つのアプローチがある、という興味深い指摘がある。
◎大下英治 『小説ビール戦争』 光文社文庫、1994年
◆ビール業界。樋口廣太郎が社長に就任した1986年当時、アサヒのシェアはわずか9.6%であった。ところが、次の年に発売された「スーパードライ」の大ヒットで、88年には20.6%に急上昇している。本書は、@かかる驚異的なアサヒの発展を軸とするメーカー間の激しいシェア争い、A樋口の半生、Bビールの製造工程、C戦後におけるビール業界の変遷などが描かれている。「前例がない。だからやる」という言葉が印象的。原題は、92年に毎日新聞社から刊行された『奇跡への挑戦』。
◎大下英治 『小説ブラック・ジャーナリズム』 徳間文庫、1995年
◆田山角造(田中角栄がモデル)をはじめとする政治家たちや、三越社長の岡岩茂(岡田茂がモデル)など企業家たちのスキャンダルをあばいたミニコミ紙『国政タイムズ』を主催する五社猛が主人公。初刊本は、93年にインタープレス社から刊行。
◎大下英治 『小説山一証券崩壊』 廣済堂出版、1998年
◆証券業界。「創業百年」の老舗である山一証券が1997年11月24日に自主廃業を公表するまでの過程をドキュメントタッチに描いた作品。本書は、1998年1月号の『小説宝石』に掲載された「百年の夢・小説山一証券」を大幅に加筆したもの。
◎大下英治 『新聞の鬼たち 小説務台光雄』 光文社文庫、1995年
◆新聞業界。読売新聞の社長であった務台光雄の生涯を描いたドキュメンタリー小説。新聞の歴史、熾烈な販売競争の実態、新聞社の販売店に対する政策などがよくわかる。
◎大下英治 『世間の非常識こそ、わが常識 起業家・江副浩正の野望』 光文社文庫、1996年
◆本書のタイトルに示される「リクルートの常識は世間の非常識である。世間の常識はリクルートの非常識である」という言葉は、リクルート社の会長であった江副が、社員たちに言い続けたものである。事実、1960年に大学の仲間と一緒にリクルートの前身となる「大学新聞広告社」を創設した江副は、世間の常識では考えられないことを考え、事業を展開し続けるが、「リクルート事件」の発覚によって失脚することになる。「東大始まって以来の起業家」、とも称される江副の実情に迫る作品と言える。現代は、『小説江副浩正 泥まみれの野望』および『小説・江副浩正A 自民党を震撼させた男』(徳間書店、1989年)。
◎大下英治 『ソニー・勝利の法則 小説「井深大と盛田昭夫」』 光文社文庫、1998年
◆ソニーの創設者である井深大の生涯、盛田昭夫の半生、大賀典雄との出会い、ソニーの発展の過程が浮き彫りにされている。ソニーが成功した秘訣は、「成功するまで頑張ればいいんだからね。やろうとおもったやつを途中で投げ出すから、失敗する。成功するまで頑張ってみろよ。失敗しないよ」という言葉に集約されている。本書は、97年9月号から98年7月号まで月刊 『宝石』に連載された『小説「井深大と盛田昭夫」』に加筆されたもの。
◎大下英治 『中内功のダイエー王国』 現代教養文庫、1993年
◆スーパーマーケット業界。ダイエーの過去・現在・未来についての紹介がなされている。経済小説ではなく、ルポルタージュ。
◎大下英治 『乗っ取り』 徳間文庫、1998年
◆銀行。埼玉県の指定金融機関であり、地域密着型の営業活動を展開していた都市銀行の大栄銀行常務から、ピースミシンに副社長として出向することになった深海誠が主人公。
◎大下英治 『流通の覇王 小説「スーパー」戦争』 光文社文庫、1995年
◆スーパーマーケット業界。巨大スーパーの間で展開される覇権をめぐる抗争とさまざまな駆け引きが描かれている。
※おおた としお※
◎太田俊夫 『株主総会殺人事件』 徳間文庫、1984年
◆音響機器メーカー。主人公(戦時中のスパイ養成機関として有名な中野学校出身)は、復員後3 0年以上大手不動産会社の幹部社員として活動。のちに会社をやめ、「一般株主から報酬を受けて株主のために会社を攻撃する」という日本では存在しなかった「壊し屋(ストーマー)」に転身する。「悪徳小説」(ピカロ小説とかピカレスクと呼ばれる)の一種。
◎太田俊夫 『虚飾の城』 徳間文庫、1985年
◆三越事件を素材にした作品。古い体質が共存する三越にあって、大衆化路線を推進した「革新者」が、社長の座を射止めるやいなや専制君主へと変身を遂げていく様がよく理解できる。本書は、岡田が解任される3年前の79年9月に青樹社から出版されている。
◎太田俊夫 『計画倒産』 ダイヤモンド社、1978年
◆カメラ業界。同族企業であったペルレカメラの女性経営者・袴田幾代社長が計画的に倒産劇を演じるまでのプロセスを描いた作品。技術とカンだけでやってこられたカメラの製造に、新たな技術革新、さらには、精度の追求と学問的な裏付けも要求されるという時代の要請に、カメラ会社がどのように対処するのか? カメラ業界がたどった戦後史の一端が浮き彫りにされている。
◎太田俊夫 『骨肉決算書』 徳間文庫、1984年
◆機械部品業界。大和バルブは、諏訪を拠点とする地場産業の一つにすぎなかった。しかし、超ワンマンで、 二号・三号を抱える伍堂卓蔵の強力なリーダーシップと「カン」によって、世界のバルブ業界のビッグスリーとまでいわれるようなメーカーに成長する。それは、戦争直後の混乱期から高度成長期にかけ、ライフスタイルの欧米化に伴って生じた旺盛な需要の拡大を背景になされたが、オイルショックの頃から徐々に息詰まっていく。
◎太田俊夫 『社長失脚』 徳間文庫、1986年
◆カメラ業界。主人公の茅野は、かつて父の会社を強奪したカメラ業界の雄「パルコ」(コパル がモデル)の社長に「復讐」を果たすべく、自ら社員となった。社長を失脚に追い込むためには、かなり悪辣な手段を弄した。しかし、後半では、自分で会社を創設し、有能な経営者ぶりを発揮する。初刊本は、70年に大成出版社から刊行。
◎太田俊夫 『整理屋集団』 双葉文庫、1991年
◆経営者が「企業家」でなくなったとき、企業は倒産するが、「その過酷さをさらに増幅しているのが、整理屋というピラニア集団である」。本書は、企業を徹底的にしゃぶりつくす整理屋に焦点を合わせている。そして、中堅商社「翼商事」の経営陣(コンピュータのソフト開発と外部販売に力を入れるが、堅実経営を守ろうとする)と対立し、スピンアウトしてベンチャー企業を興す積極的な企業家精神を有する、郷田英策の「冒険」を同時に描いている。初刊本は、88年に双葉社から刊行。
◎太田俊夫 『丼池のヒットラー』 春陽文庫、1984年
◆日本熱学の社長であった牛田正郎をモデルにして、同社の倒産に至るまでの過程を描いた作品。
◎太田俊夫 『流星企業』 徳間文庫、1983年
◆カメラ業界。元ヤシカの社長牛山善政(本の中では神門一成)をモデルにして、黎明期(高度成長期)における日本のカメラ業界を描いた作品。「低賃金」(コスト)・「過当競争」(コンペティション)・「模倣」(コピー)は日本の経済発展を支えた三Cであったという指摘がおもしろい。初刊本は、76年に光文社から刊行。
※おちあい のぶひこ※
◎落合信彦 『小説サブプライム 世界を破滅させた人間たち』 集英社、2009年
◆ニューヨークのウォール街で勝率90%を誇る投資会社(アラキ&クレイ・ファイナンス)を運営する荒木大河を主人公に、1990年代後半からサブプライムローンに端を発する金融恐慌に至るまでのアメリカ経済の動きと同社の活躍ぶりを描いた作品。LTCMの破たん、ITバブル、エンロンの破たんや、サブプライムローンの仕組みもよくわかる。
※おおつか しょうじ※
◎大塚庄司 『謀略銀行』 ダイヤモンド社、2004年
◆主人公は、井浦重男。東都相互銀行(資金量1兆2000億円で、業界5位)常勤監査役で、実質的ナンバーワン。元東京地検特捜部検事で、「カミソリ井浦」という異名で呼ばれた彼は、創業者ファミリーを排除し、銀行の再生をめざそうとするが、政官財、さらには検察まで加わった巨大な陰謀が立ちはだかる。そして、予期せぬ結末に。両陣営のせめぎあいが圧巻。「絵画ビジネス」(ここでは、金屏風が利用)を活用した政治資金つくりのからくりと、そうせざるを得なくなる過程が克明に描かれていく。時期は、昭和60年(1985年)。モデルは、「平和相互銀行事件」。著者のデビュー作で、第1回ダイヤモンド経済小説大賞・優秀賞を受賞。
※おだかね じろう※
◎小高根二郎 『会社再建腕比べ』 徳間文庫、1990年
◆日本レイヨンと大日本紡(ニチボー)が合併してユニチカができるが、本書はそのユチニカの再建劇をモデルにしている。合併に大きく関与したのは、メインバンクの三和銀行であった。初刊本は、81年に日本経済新聞社から刊行された『再建腕くらべ』。
◎小高根二郎 『総務部長憤死す』 徳間文庫、1989年
◆化学繊維業界。著者の小高根は日本レイヨン総務部長6年の経歴を有する。「本書は、事実に基づいて執筆した」ものであり、「一種の自叙伝」でもある。日本レイヨン社長の坂口二郎をモデルにして、老害社長のデタラメ経営やスキャンダルによって責任を取らされるミドルの苦悩が描かれている。初刊本は、78年に日本経済新聞社から刊行。