『開かれた小さな扉−ある自閉児をめぐる愛の記録−』
バージニア・M・アクスライン著、岡本浜江訳(日本エディタースクール出版部、1987)
この本がちょうど翻訳された頃、大学生だった私は、ある授業の課題図書として本書に出会った。しかし、そのときは、本書の価値に気づくことなく、歳月は流れた。そして、最近、もう一度、読み直す機会を得た。再読して、大学生の頃に一体この本の何を読んでいたのだろうと思うぐらい、新鮮な感動があふれてきた。この本で描かれているのは、情緒障害をもち、親から知能遅延児だと見なされた幼いディブスが、アクスラインと出会い、遊戯療法を通して、自らの感情を取り戻し、たくましい人格を獲得していく物語である。情緒的に未熟な親の下に育ち、傷ついてきたディブスは、「何をやってもいい」遊戯室の中で、自分を愛する心を取り戻し、自己肯定感を育んでいく。このディブスの回復に伴い、親たちも自分たちの感情を掘り下げ、新しい家族の関係を築いていくのである。
大人の理解のなさや受容される経験の欠如のために、どれだけの子どもたちがその才能を台無しにされ、憎しみだけを心に植えつけられてきたことだろう。成熟できない大人たちがどれだけ子どもたちを傷つけてきたことだろう。さまざまな事件を見聞きするたびに、大人の問題を子どもに責任転嫁しつづけてきた社会が今、恐ろしいしっぺ返しを受けていることを感じる。この本は、大人との関係のなかで、子どもが自らの可能性を広げる筋道を示すとともに、早期教育、教育という名を借りた子どもの自我の剥奪への警鐘の書となっている。