『虹色のトロツキー(全8巻)』
安彦良和(中公文庫コミック版、2000)
長らく本のページの更新を怠ってきた。そして、久しぶりの本の紹介を私に促したのが安彦良和の力作『虹色のトロツキー』である。この本は、出版社を見るとわかる通り、漫画である。著者の安彦良和は、
1947年北海道紋別郡遠軽町生まれ、かつての大ヒットアニメ『機動戦士ガンダム』の主要スタッフでもある。『虹色のトロツキー』第一巻の解説で山口昌男が
いみじくも語っているように、漫画の叙述力、表現力はいつしか活字を遙かに凌駕してしまったと言わざるを得ないであろう。あるいは侵略という一言で片づけられたり、あるいは妙な懐かしみ
とともに語られたりする“満州国”の成立とその実情について、著者は絵と活字の迫真の描写によって掘り下げていく。掴みづらかった満州事変以降の日本の迷走が、著者の魔法によって見事に輪郭づけられ
ている。
物語の狂言廻しとなるのが日本人の父とモンゴル人の母をもつ主人公ウムボルト。ウムボルトが失われた記憶を求めて、自分探しの旅に出るプロセスが、日本の
満州、中国侵略の経緯を解き明かすことと重なり、ウムボルトの成長のプロセスとともに、読者はぐいぐいと物語に引き込まれていく。個人的な出来事の深くに歴史的な出来事が埋め込まれたウムボルトの
葛藤と、そのウムボルトを利用しようとする日本の軍人たちの思惑が、物語に厚みを加えている。また、ウムボルトが出会う女性たちも殺伐とした物語に艶を与えている。
最終巻を読むと、この作品を創造するために著者が丁寧な聞き取りを行っていることがわかる。この作品は、丹念な史実の掘り起こしに、想像力の糸を織りなした、
歴史漫画の傑作であると言えるだろう。