『模倣犯(上・下)』


宮部みゆき(小学館、2001)


 宮部みゆきは、現代の恐るべき語り部である。彼女の頭の中には物語が湧き出ずる泉があるのであろうか。 この『模倣犯』は、上巻だけで700頁を超える大著。宮部みゆきのすごいところは、どんなに物語をひろげていっても、物語が破綻することなく、収束するところである。 さて、宮部みゆきの『理由』は、以前にこの欄で紹介している。『理由』は、現代家族の末路を描きながらも、登場する人物の多くはしごく真っ当であり、読み終えた あとのカタルシスもあった。ところが、この『模倣犯』は、ミステリー小説とはいえ、あまりにも救いようのない小説である。そもそも分量が生半可なものではないので、 これをシーズン中に読んでしまったら生活が破綻すると考えた私は、夏休みを待ってこの本を読んだのだが、それでも相当生活が破綻することを免れなかった。 たしか三日間、明け方まで読んでいた。夢中になって読んでいたということもあるのだが、怖くなって夜が明けるまで眠れないのだ。ミステリーだが、現代の社会を 鋭くえぐっている。『理由』では、1つの事件に遭遇した人々のそれぞれの理由を明らかにしていったが、そこに一人だけ理由が明らかにならない人物がいた。 その人物は、ただ一人架空の市町村の出身者だった。そして、『模倣犯』では、その人物(同一人物ではないが同じ流れにある)が快楽殺人をあやつっていく。 その人物は、1967年生まれ。そう、私と同じ学年である。『模倣犯』で演じられるさまざまな犯罪は、とても似たかたちで現実に起こっている。たとえば、 休職中の教師による女子中学生放置事件。容疑者もまた同じ世代であった。ゾッとする。この物語を読んだことで、私は成熟というものについて 真剣に考える必要があると思った。成熟できない大人たちの犯罪、未熟であることに気づくことすらないどうしようもない大人たちの犯罪、これは どう考えても、子どもたちの犯罪よりも忌むべきことである。かくして、今年の『生徒指導論』のテーマは、成熟と自立になった。