『勝者のエスプリ』
アーセン・ベンゲル(NHK出版、1997)
Jリーグの名古屋グランパスエイトを素晴らしいチームに導いた名将ベンゲル監督の指導哲学のエッセイ。グラウンドで知的にスーツを着こなしつつ、選手たちに熱いまなざしを注いだベンゲル監督のことは、皆さんもよくご存じだろう。あの弱小チームだった名古屋グランパスエイトを常勝チームへと導いた手腕には、ただただ感服するばかりだった。さらに、その手腕を支える指導哲学が語られるこの本に出会い、私は同じ指導者として数多くの示唆を受けるとともに、ベンゲル監督の技(わざ)化された指導哲学の確かさに敬服するに至った。彼は言う。「監督とは、チームにアイデンティティを与えるべき人のことだ。アイデンティティとは何か。それは、それによってチームが自分を認識できるものだ。チームの根源であり、常に行き着くべき目標でもある。たとえ何が起きても、常に『私たちはこうなんだ』と言えるもの、『だから自分たちの力となっている根源から逃げ出さないのだ』と言えるものだ。」
まさにそうなのだ。指導者の役割は、学び手に学ぶことの意味を掴ませることなのだ。学ぶことの意味とは、学びの共同体(チーム)に参加することの意味であり、すなわち、学びの共同体(チーム)にことば(アイデンティティ)を与えることなのだ。ベンゲル監督の眼力は確かだ。一人ひとりの選手の潜在力を最大限に伸ばすことと、一人ひとりがチームに貢献することが見事に調和している。この結果、素晴らしいサッカーをすることと勝利を得ることが重なり合ってくるのだ。
日本のサッカー界は岐路を迎えているように思う。W杯の予選で韓国に痛い敗戦を喫したことで、意気消沈をしつつあるようだ。しかしながら、Jリーグでは、磐田や鹿島など、地域に密着してサッカー文化を育て、確かな技術を鍛え上げてきたチームが名門となりつつある。確かな内容をもったチームが名門となるということは、巨人中心の野球文化とは違う風景であるように思える。確かな内容をもったチームが名門になるという文化が育てば、確かな内容をもった大学が名門になるという文化につながり、確かな内容をもった政党が評価を受けるという文化につながっていくのだ。そういう意味で、沈滞しつつあるサッカー界を瓦解させてはならないと思う。ベンゲル監督の本は、サッカーの世界の奥深さ、さらには指導者の研鑽の大切さ、などをわかりやすく教えてくれる。学生とともに読みたい一冊である。最後に一言、ベンゲルさん、次のW杯ではぜひとも日本代表の監督になって下さい。お願いします。