『富永仲基異聞−消えた版木−』

加藤周一(かもがわ出版、1998)



 本書の著者加藤周一は1919年東京生まれ。いわずとしれた日本を代表する評論家・知識人である。さて、本書は加藤周一の初の書き下ろし戯曲である。作者が戯曲の世界に入り込み、本居宣長と対談をするような、ユーモアたっぷりの仕掛けがある知的な戯曲が楽しめる。舞台は江戸時代、神教(神道)・仏教・儒教の三教を根源的に問い直し、批判する学問を進める富永仲基に、行く手をはばむ大きな力が立ちふさがる。富永仲基は31歳で世を去るが、あとに残る者は「しかし富永仲基は種を播いて去ったのだ。一度播いた種は、長い冬に、霜にも風雪にも堪え、いつか必ず目を出すだろう。その芽は広い、高い青空へ向って、どこまでも伸びていくだろう」と語る。78歳にして、未踏の戯曲の世界に挑戦する加藤周一の若々しさには、ひたすら敬服するしかない。

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