『オリンピア−ナチスの森で−』

沢木耕太郎(集英社、1998)



 本書の著者沢木耕太郎は、スポーツ・ノンフィクション領域の開拓者。彼の仕事の丁寧さは定評があり、その丹念な取材と疑問にとことん向かうライター魂には感服せざるを得ない。この『オリンピア』も、沢木の卓越した力がいかんなく発揮されているノンフィクションである。ヒトラーが全力を傾けて成功させ、ナチスの名を高めたベルリン・オリンピックは、映像というメディアがドラマを創り出した初めてのオリンピックであった。中国大陸への侵略戦争に突き進んでいた日本もまた、オリンピックを来るべきアメリカとの決戦の前哨戦と位置づけて、国の威信をかけた闘いを繰り広げていた。水泳競技と海軍(海戦)をつなげて、一喜一憂する様子などから、わたしたちは当時の日本社会について知ることができる。
また、わたしたちは、沢木の筆を通して、手に汗を握りながら、当時の日本選手の一挙手一投足とそこにこめられた思いをのぞくとともに、さらには映像というメディアの恐ろしさを教えられることになるだろう。1章、1節のそれぞれが選手の心の襞に分け入る深さをもっており、この本を読み終えたとき、わたしは深い溜め息をつかざるを得なかった。