『モラトリアム人間の時代』

小此木圭吾(中公文庫、1981)



 本書ははじめて世に問われてから20年以上が経過している本であるが、著者の分析は、今もなお生命力をもっている。モラトリアム概念を心理学に位置づけたエリク・エリクソンは、自立した大人であるべき歳になってもやるべきことが定まらない人間の心的状況を「アイデンティティ拡散」と名づけ、一つの病理現象として捉えた。ところが、大衆消費社会の下で、モラトリアムは病理ではなく、「普遍的な社会心理現象」となり蔓延している。小此木の卓抜しているところは、モラトリアムを克服すべきものとして捉える(脱モラトリアム論)のではなく、モラトリアムを生き抜く生き方を提唱しているところにあると、私は考える。すべての選択は暫定的なものであり、人は生涯にわたって、自分の生き方を変える権利をもっている。こうした構えは、「大人はかくあるべし」といった脱モラトリアムのあり方よりもずっと柔軟であり、本音と建て前の乖離も少ないものである。その上で、暫定的な選択において最善を尽くすということが、硬直化した脱モラトリアム論が台頭してきそうな2000年代を生き抜く道であるように思われる。