『近代の労働観』
今村仁司(岩波新書、1998)
本書の著者今村仁司は、1942年岐阜生まれ、京都大学経済学部大学院を経て、現在東京経済大学教授。ちなみに下司な話だが、別冊宝島の『学問の鉄人』にもランクインされていた。まさに東京経済大学の学問的な顔である。
「労働に喜びはない」というセンセーショナルな宣伝文句を見て、ぜひとも読んでみたいと思っていたこの著書は、新書版だけあって、難解な今村思想のなかではたいへんわかりやすく仕上がっている。わたしが批評をするのは、あまりにもおそれ多いのだが、近代以前には余暇(自由時間)に価値がおかれ、仕事こそが人生というように価値が転倒したのは近代のプロジェクトであったという論には、一筋の光を見るようだった。最近、過労気味で、過労死への道をひた走りに走っている自分の姿を、近代に呪縛されたアホな奴だと、笑い飛ばすことができたからだ。わたしの専門の教師研究の領域においても、教師の多忙化とバーンアウト、過労死は深刻な問題で、都教組の調査によると東京都の35歳以下の教師のなんと3人に2人が過労死の危険を感じながら、仕事をしているという結果が出ている。
仕事至上の思想を徹底させた近代のプロジェクトは、驚くべき力をもって、ほぼ全世界を覆った。このプロジェクトがほろこびはじめた今、どう始末をつけて、どう次のプロジェクトをかたどっていくのか。この著書は、労働文明の転換まで踏み込んだ記述になっている。労働からの自由が公的空間を編み出すことになるのか、あるいは労働への自由こそが課題なのか、ここは著者とわたしと意見が分かれるところであるが、労働について大いなる議論のたたき台を提供しているこの著書は、ぜひとも一読をお薦めしたい一冊である。