『影の現象学』
河合隼雄(講談社学術文庫、1987)
本書の著者河合隼雄は1928年生まれ、1962〜65年にスイスのユング研究所に留学、いわずと知れたユング研究の碩学である。河合隼雄の著書『影の現象学』は、わたしが大学時代に、工学部の友人から紹介された本である。この本を読むことで、わたしのものの見方が大きく変わったという思い出がある。人はどうしても自分自身が光であることを志向する。しかし、大いなる光は大いなる影(闇)によって支えられている。この影への畏敬の念を忘れてしまうと、人は限りなく傲慢になる。家族の力学を考える上でも、職場の人間関係を考える上でも、『影の現象学』はこれまでの見方を問い直させる、そのような力をもっているように思われる。“子どもは無限の可能性をもっている”という戦後教育の理念は、みんなが光になるという薄っぺらさにつながっていなかっただろうか。みんなが影の働きを忘れて、光を志向したとき、そこに何とも言い得ぬ「白い闇」がひろがったのではないだろうか。一人ひとりが光であるとともに、影でもあれる。影に正当な場所を与え、正当な評価を与えるだけでも、わたしたちの世界は立体的で奥行きのあるものに変わり得ると思うのだ。