『第三の嘘』

アゴタ・クリストフ(早川書房、1992)



 アゴタ・クリストフの三部作の完結編。『第三の嘘』では、ベルリンの壁が崩壊したのち、2人の主人公が再会する。アゴタ・クリストフはこれらの作品について次のように述べている。「この小説には、かなり自伝的な要素が入っています。書きはじめた時は、自分の子供時代のことを語りたいと思っていました。K市とは、いうまでもなく、私が子供の頃暮らしていた町クーセグです。作中人物リュカは、多くの点で私に似ています。リュカと同じように、私は終戦時に十歳でした。彼同様、私も若くして国境を越えました。そして彼は、故郷に戻ったとき五十五歳、ちょうど現在の私の年齢です。クラウスのほうは、私と子供の頃をずっと共に過ごした兄です。私たちは、何をするにも、どこへ行くにも、いつもいっしょでした。私は、兄ととても近い間柄だったので、この小説を書くにあたって少年に変身したのです。この小説であらいざらい述べようとしたのは、別離−祖国との、母語との、自らの子供時代との別離−の痛みです。私はハンガリーに帰省することがありますが、自分に親しいそうした過去のなごりはいっさい見出すことができません。自分の場所はどこにもないという気が、つくづくします」動乱が子どもの生活をどこまで踏みにじったのか、その上で子どもには恐るべき生命力があるということがこの三部作から伝わってくる。