『精神医学とナチズム』
小俣和一郎(講談社現代新書、1997)
人類史上最もおぞましい愚行ともいえるナチズムは、近代あるいは20世紀の負の遺産であり、克服しなくてはならない課題である。ナチズムは、一般的には、アーリア民族の優秀性を誇示し、ユダヤ人に対する民族差別を正当化した思想として知られている。そして、私たちはアウシュヴィッツをはじめとする強制収容所でのユダヤ人の大量虐殺を思い起こす。ナチス=民族差別というのが一般的な理解である。ところが本書によれば「ナチス最初のガス室殺人は、アウシュヴィッツをはじめとする強制収容所において行われたのではない」という。続けて「それはアウシュヴィッツに先立つこと二年以上も前に、州立精神病院において行われ、しかもその最初の犠牲者は、ユダヤ人ではなく、精神障害者だったのである」と書かれている。
ナチズムを非理性的な運動であるととらえるだけでは、ナチズムを克服することにはつながらない。本書は、ナチズムの台頭を支えたものに、進化論の淘汰説から派生した優生思想があることを読み解いていき、近代の効率主義、合理主義の危うさを指摘する。断種手術などの手段で優生思想を実践化した精神医学者たちは、ナチズムの到来とともに、精神障害者の抹殺に向かう。
人間は、本来的に弱い存在であり、そして一寸先は闇だ。弱さや不可知を前提とした思想を構築しないかぎり、再び破綻に向かってしまうだろう。