『お父さんには言えないこと』

清水ちなみ(文春文庫、2000(単行本1997))



 しばらく前、OL委員会のおじさん改造講座というのをテレビのドラマでやっていた。大竹しのぶが主演で、OLの目から会社のおじさんの生態をとらえた、笑えるコメディだった。この原作者の清水ちなみは、1963年生まれ。フェミニストのような「意識の高い」女性ではなく、いわゆる普通の女性の目線でのノンフィクションが持ち味である。
 この本のタイトルから中身を想像すると、女の子たちの「お父さんに言えない」あれこれが書かれているのかと妄想をたくましくしそうになるが、実は、そうではなく、娘が父のことをどう思っているのか、その本音の部分を聞き出した本である。娘と父との関係を通して、にっぽんの男を描いているという手法は、おじさん改造講座とも近いが、肉親であるだけにこの本のほうが笑えないというか、真に迫っている。
 この本を読んで印象的だったのが、「父親が「好き」と答えた人たちは「おちゃめ」にマルをつけてくることが多いのです。二番手に来るのが「ハンサム」です」という一文だった。本書のアンケートでは、父親を好きだという人と嫌いだという人がだいたい半数ずつにわかれている。そして、嫌いの場合、父が理不尽な暴力をふるうケースが多い。父は暴力をふるい、威厳ある父親のようにふるまおうとするのだが、その姿は娘からみるとバカバカしいだけでなく、いい迷惑なのである。男らしい、父親らしい父など、多くの娘は求めていないのである。
 きめ細やかな人の心のひだの観察が得意な著者は、父の問題から、歪んだ家族の中で、その歪みを利用しながら生き延びる母の問題への考察を深めていく。この本から見えてくるのは、自分を生きることのない、したがって自我が育たず、どこまでいっても関係に埋没するしかない、私たちの社会の大人たちの姿である。同時に、著者は、娘たちも同じような罠にかかっていること−普通の(理念型としての)お父さんと違うというかたちで親を糾弾すること−を指摘することを忘れてはいない。これが著者のすごいところである。まだまだ変わり切るためには長い道のりが必要かもしれないが、このような本の到来は、自分を生きることのない生き方がもはや通用しなくなったことをあらわしているのだろう。