『翻訳夜話』
村上春樹・柴田元幸(文春新書、2000)
本の紹介のページではおなじみの柴田せんせいと作家・村上春樹氏の翻訳をめぐる対話集が登場した。英語の達人と小説の達人という、この2人の組み合わせは、何とも魅力的な組み合わせだが、そもそもこの2人は、翻訳を通して交流し合っていたらしい。どちらも本業以外に、翻訳のスペシャリストとして数多くの作品を訳されているが、不勉強な私は、どちらの翻訳も一冊も読んだことがない。しかしながら、翻訳を読んでいなくても、この本は十分楽しめる内容になっている。
村上春樹氏は「自分がどうしてこんなに一生懸命、寸暇を惜しんで翻訳に励まなければならないのか」自分自身不思議に思っていたという。そして、「翻訳をするというのは、僕にとって苦痛でもなんでもないのだ」と言い切る。私なんかは、ここで口がぽかーんとなってしまうのだが、この本の対話を通して、なぜ村上氏と柴田せんせいにとって、翻訳が苦痛ではなく、やめられないとまらないものであるのかが解き明かされていく。このプロセスを追っていくだけで、この本は十分面白い。
私は翻訳をしたことはないし、する能力もないが、私が行っているインタビューというのは、翻訳に実に近いものではないかと思った。村上氏は、翻訳とは原書を読んだ自分の感じを日本語として構成していく作業であると語っているが、インタビューもまた、話を聴いたときの自分の中で沸き上がった感覚を文章として再構成する作業であると思っている。これはおそらく問うという形式の学び方だったり、自己表現をするという形式の表現のしかたとは、違った形式をもつものではないかと思う。
ことばの技術とは何かを考える手がかりを与えてくれる、お薦めの本である。