『変貌する子ども世界』
本田和子(中公新書、1999)
著者の本田和子(ますこ)は、子どもの世界を描写する達人である。本書は、この達人が、「『子ども』たちが変わってしまったといわれている。しかし、変化したのは彼らそのものではなく、戦後の半世紀で激変した社会、ひいては『子ども−大人関係』なのではないだろうか」という問題意識に立ち、子どもの育ちをめぐる環境が、戦後どのように変容し、そこを生きる子どもたちの意識と生活スタイルに影響を与えたのかを、わかりやすく辿った本である。
戦後の社会が、エネルギーにあふれたベビーブーム世代をどう処遇していくのかを中心として推移していったという本田の視点は、卓抜である。戦後の民主主義に狼狽しもたつく大人たちをしり目に、歴史上稀にみる自由な子ども時代を生きたベビーブーム世代がそこにはいた。子どもたちをコントロールするすべを失った大人たちがはじめて手に入れた武器が受験という装置であったと著者は論じている。自由から選別へと突き落とされるベビーブーマーたち、民主主義と選別のギャップに対するイラダチは、学生運動という暴力として噴出する。
医療(生殖革命)、メディア(テレビ番組、少年少女雑誌)、食品(スナック菓子)など、子どもがまさにそこを生きている生活世界を丹念に描きながら、マクロな人口動態とも絡めて論じている著者の力量には、頭が下がる。栗本薫(中島梓)の小説のような子どもの未来についてのイマジネーションがその節々に埋め込まれており、飽きさせることがない。最後に、ベビーブーム世代が子ども時代を去り、子どもたちの数は減り続けていても、子どもたちを同じ装置によってコントロールしていることに、今の時代の問題をみている著者の観点に、私も賛同する。さらには、戦後の民主主義と大学の権威主義、自由な自己と選別される自己のジレンマといったベビーブーマーが発した問いを、考え続けていくことが求められているように思う。