『世界史の十二の出来事』
中野好夫(ちくま文庫、1992)
眠れない夜に、開きたくなる本がある。中野好夫の『世界史の十二の出来事』は、眠れない夜の友である。解説の中に、この本は「西洋講談」であると書いてあるのは言い得て妙である。書き言葉というよりも、語り言葉のようなテンポとリズムで、中野好夫は、歴史の素材を読者の前で見事な料理にしてみせる。まるで見てきたような叙述は、達人芸であるとしか言いようがない。
十二の出来事の中でも、私が好きなのは、「世界最悪の旅」と銘打ったスコットの南極探検の話である。人類未到の南極点をめざして、見えない敵、アムンゼンと競い、不運にも敗れ、失意の帰路の途上で斃れるスコットと仲間たちの友情と苦悩は、何度読んでも、心に響くものがある。90年近く前の話であるのに、また中野が1950年代に書いてから50年近い歳月がたつのに、その距離を感じさせないような迫力と臨場感があふれている。
かくして眠れない夜に、南極のスコットを読み、さらに心は凍てついて、頭はギンギンに冴えて眠れなくなるのだった。