『聖の青春』
大崎善生(講談社、2000)
私の隠れた趣味の一つに、将棋がある。まじめに指していたのは中学校までで、へぼ将棋の域を出ないのだが、最近の若い棋士の活躍には関心をもっている。さて、羽生、佐藤、丸山ら、三十前後のきら星の世代のなかに、村山聖(さとし)という棋士がいた。彼は、幼い頃、腎ネフローゼという難病に罹り、病室のなかで将棋と出会い、病でままならぬ身体につながれながらも、将棋によって自分を支え、世界を見つめ、ついにはプロ棋士の最高峰(名人への挑戦権をもつ)A級に到達した希有の棋士であった。病が進行し、一度はB1に陥落するが、執念でA級に復帰。ところが、ガンのため、29歳の若さでA級在位のまま亡くなった。
著者の大崎善生は、生前から村山とは深い親交をもち、つねに死と向き合いながら棋士として生き抜いた村山の凄みを感じ取っていた。この本の中では、プロ棋士として成功しながらも四畳半のアパートを根城とし続け、スマートな生き方を拒絶した村山の姿が、泥臭く、温かく描かれている。ふと見ると、この本の帯には「小学校高学年から読めます」と書いてある。難しい漢字にはふりがながふってある。されど、生半可な本ではない。著者の丹念な取材、親交から生まれる共感、これらを対象化する丁寧な叙述によって、将棋界人の追悼文を超えて、人間に迫る作品に仕上がっている。