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愛知大学国際問題研究所 紀要第120号(2003年3月)241-246頁にに掲載

書評 山本純一著『インターネットを武器にした<ゲリラ> 反グローバルリズムとしてのサパティスタ運動』慶応義塾大学出版会

評者 丸谷雄一郎(経営学部助教授)

〔T〕
 著者山本純一氏はメキシコ地域研究に新たな分野を開拓しつつあるパイオニアであり、サパティスタ運動に関するテレビ取材などに積極的に協力することを通じて、グローバリズムの負の部分の解明に取り組んできたことで知られる。本書では、サパティスタ運動を世界初のインターネットを有効活用したゲリラとして捉え、そのユニークな活動の実態を明らかにしている。

〔U〕
 本書の構成は以下のとおりである。

まえがき

プロローグ

序章      メキシコの多様性とサパティスタ運動の位置づけ

第T部      サパティスタ運動のインターネット利用術

 序論      サイバースペースとリアルワールドにおける闘争の一体性

第1章       インターネット戦争の背景

第2章       インターネット戦争の主役たち

第3章       <戦場>になったインターネット

    第4章 ネット外の戦争:低強度戦争

第U部      サパティスタ運動が実際に伝えたことについての言説分析

 序論       言説分析とは何か、そしてなぜ言説分析なのか

    第5章 テクスト分析

6章   言説分析

   第7章 サパティスタ闘争・言説の<ポストモダン>性 

エピローグ    

あとがき

資料       サパティスタ運動の歴史、重要資料、資料文献一覧

序章では、サパティスタ運動の舞台となったチアパス州が、メキシコ国内における発展から取り残されてきた背景と、メキシコ国内におけるサパティスタ運動の位置づけが明らかにされる。
 第T部では、序論において、サパティスタ運動を「インターネット戦争」として捉えたチアパス紛争当時の外相ホセ・アンヘル・グリーアの主張と、それをめぐる一連の議論を検討することを通じて、インターネット戦争の意味を追求している。

 第1章では、インターネット戦争で明らかとなった情報の重要性を示すとともに、その戦争において、ゲリラが既存のマスメディアのオルタナティブとしてインターネットを有効に利用した様々な手法について具体的に示している。第2章では、サパティスタ運動に関して情報提供を行ってきた代表的なホームページを紹介し、それを運営する組織についての詳細を明らかにしている。第3章では、1996216日に、サパティスタ運動とメキシコ連邦政府の間で締結された「先住民の権利と文化に関する合意(サン・アンドレス協定)」に基づいた権利を獲得するための交渉過程の詳細な検討を通じて、インターネット戦争の実態がリアルに紹介されている。第4章では、インターネット戦争に対して、政府が展開した「低強度戦争」について述べられている。低強度戦争は対ゲリラ戦の手法として一般化しているが、メキシコで準軍事組織を使って実行された手法の実態を、交渉中に生じた虐殺の事例(アクテアル事件)に基づいて検証している。さらに、政府のオルタナティブとしての役割を果たした国内及び超国家NGOのメキシコにおける活動を検討し、チアパス紛争における諸アクターの力学(本書178頁の図4−5)(本稿の図1参照)を分析している。
 第U部では、サパティスタ運動が世界の人々に注目された理由を言説分析という手法で考察している。この分析を通じて、インターネット等のメディアを通じて公表されたEZLN(サパティスタ国民解放軍)のコミュニケ、宣言、インタビュー等のテキストがどのようなコンテキストで発信され、国内外の社会にどのように解釈・受容されたのか、さらに多文化主義、反グローバリズム、ポストモダンといわれる言説がどのようにして社会に対して示されたのかを示している。
 第5章では、EZLNの5つの公文書がテキスト分析と呼ばれる手法で定量分析された後、「第1ラ・レアリダー宣言」、「第2ラ・レアリダー宣言」、マルコス副司令官の書簡・エッセー等の文書の定性分析が行われ、EZLNの主張の変遷や特徴が明らかにされている。第6章では、前章で分析対象とされた公文書の概要を紹介した後、テキスト分析の結果と実際の連邦政府との間の交渉過程及び国内外情勢を関連付けることによって、それらの公文書及び宣言が発表されるに至ったコンテキストが分析されている。第7章では、サパティスタ運動の性格がプレモダンなのか、モダンなのか、ポストモダンなのかといった側面から検討され、同運動の目指す方向性としての共生の原理について示している。

〔V〕
本書には多くの論点が提示されているが、次の3点を指摘したい。
 第1はサパティスタ運動におけるネット利用の果たした役割について、ブーメランモデルを利用して分析した点である。ブーメランモデルは自国の政府が抑圧的で直接的に働きかけができない場合に、民主的な国の組織に情報を提供し、民主的な国の世論を形成し、それによって自国に圧力をかけるというモデルである(本書175頁)。サパティスタ運動はネットによるNGOなどへの情報提供が重要な役割を果たした点で画期的であり、図1はサパティスタ運動の全体像を明解に示していて興味深い。 
 第2はサパティスタ運動に関する戦術の詳細な分析である。EZLNがインターネットを意識した様々な工夫をしていることを示した部分は、この運動形態が新たな手法であるだけに興味深い。メディアに対する対応や情報提供の方法ならびにEZLNのイメージ管理の手法に関する検討は、マーケティングを専攻する評者にとってひときわ刺激的であった。近年、戦争とメディアに関する研究が増加する中で、ゲリラ活動におけるメディアへの対応の重要性を具体例を示すことを通じて指摘した点も興味深い。
 第3はサパティスタ運動に関する詳細なデータの提示である。サパティスタ運動については、日本ではNAFTAの発効直前と、政権交代が実現した2000年の大統領選挙の際に散発的に取りあげられた程度であり、著者があとがきで指摘しているように(274頁)、サパティスタ運動に関して本書ほど詳細にデータを提示した文献はなかった。メキシコ研究における同運動の重要性を考慮すると、メキシコ研究に対する本書の貢献は非常に大きいと考えられる。特に、巻末のチアパス関連年表(本書276-294頁)及びサパティスタ国民解放軍関連年表(295-327頁)は先住民問題の研究にとっても極めて有用とみられる。

〔W〕
 若干の疑問点として次の2点を指摘しておきたい。
 第1は書名と内容の若干の乖離である。本書は『インターネットを武器にした<ゲリラ>』という書名であるが、その内容はサパティスタ運動全般の検討という側面が強く、インターネット利用という点については、読者が書名から想像する内容とは若干乖離したものとなっている。著者はあとがきで書名変更の経緯について述べているが、読者の立場に立てばこの書名が適切かどうかは疑問が残る。
 第2は第T部と第U部の内容の乖離である。第T部はサパティスタ運動全体にわたる構図を、インタビューや事例分析などを駆使して非常に明解に描いているのに対して、第U部では各章ごとのつがなりが明確ではなく、描き出された内容も第T部に比較するとやや不明確である。こうした乖離は第T部と第U部が全く異なる読者層を対象としているような印象にもつながった。著者としては後半の専門分野の研究におのずから力が入ったのかもしれないが、著者のサパティスタ運動研究に対する意気込みを考えると、最初の総合的著作として、第T部でもっと踏み込んだ議論を行って欲しいという期待が残った。

〔X〕
 上記のような疑問は残るが、本書はサパティスタ運動に関して詳細な部分にまで踏み込んだ初の邦書であり、ゲリラ組織やインターネットのサイト運営者に対する著者のインタビューに基づく検証の的確さは、メキシコ研究における資料面の制約や文化の相違に基づく障壁を省みると賞賛に値する。
 評者はこれまで新自由主義の結果である経済開放政策の効用の部分を中心に研究を行ってきた。しかし、本書の題材であるサパティスタ運動が訴えるグローバリゼーションの矛盾もメキシコ研究を進める上で無視しえない問題である。その実態を明らかにした本書は行き過ぎた新自由主義政策を再考する上でも、貴重な材料たりうる。今後さらにサパティスタ運動に関する研究を進めていくという著者の次回作への期待も高まる一方である。