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愛知大学経営論集第147号45-68頁(2003年2月)

『食品小売市場におけるHMR概念導入に関する一考察〜キムチの事例を中心として〜』

愛知大学経営学部助教授 丸谷雄一郎

目次

T はじめに

U 米国食品小売市場におけるHMR概念の浸透

V 日本型HMRの特性と現状  

W HMR食材としてのキムチの導入

X むすびにかえて

T はじめに

  現在、食品小売市場は価格以外の差別化の手段としてHMRHome Meal Replacement)と呼ばれる自宅で作る食事の代替提供に関して研究し、素材としての食品を取り扱う業態からの脱皮を模索してきた。既存の日本型HMRは惣菜中心であり、その内容も和食、洋食、中華という伝統的なものであった。
 1980年代のバブル経済を経て、海外旅行が一般化し、グルメ志向が定着する中で、新たな外国料理がレストランを通じて日本に紹介され、やがて、食品小売市場においても「デパ地下」と呼ばれる百貨店の地下食品売場を中心に一部のグルメ志向の消費者向けに提供されていった。そして、最近では、デパ地下で提供された外国食材が一般に定着する傾向がみられるようになり、食品スーパーがHMRの新たな材料として導入を開始し、そうしたHMRの中心的食材がキムチなのである
 キムチはソウルオリンピック後、観光ブームに乗って健康食品として定着しつつあり、日韓共催ワールドカップを通じた様々な取り組みによっても、家庭への普及が促進された。キムチは漬け物としてだけではなく、料理の素材としても利用可能であり、その商品特性からも市場拡大の可能性は大きいといえる。
 上記の問題意識に基づいて、本稿は日本の食品小売市場におけるHMR概念導入について、キムチの事例を題材に検討していく。第1に米国におけるHMR概念導入の背景、発展の経緯及びその具体的内容に関して検討し、第2に日本におけるHMR概念の特性及び導入の現状に関して検討し、第3に食品小売市場におけるキムチ導入の事例を検討していく。

U 米国食品小売市場におけるHMR概念の浸透

1.HMR概念の誕生の背景 

 米国においてHMR概念が誕生した背景にはライフスタイル要因と米国市場の構造的要因がある。ライフスタイル要因は女性の社会進出と余暇等に利用する時間の増加などである。米国の労働統計によると、米国の既婚女性の社会進出は1980年代に急激に増加し、1980年代に49.8%であった既婚女性の就業率は1995年には61.0%に急増しており、特に25-45歳世代では就業率は70%を越えている。彼女たちの多くは家事を行うのには忙しすぎ、外食に出かけるのには疲れすぎているという状況におかれている。彼女達は家事を効率化し、浮いた時間を家庭で交流したいという欲求を持っていたのである[1]。 
 米国市場の構造的要因は3つに分けられる。第1は人口の減少である。米国の人口は減少傾向に向かうと予測されており、人口の減少はスーパーマーケットにとっては即座に市場の縮小につながる。
 第2は所得階層の2極化である。米国では高所得階層(年収5万ドル以上)が1980年には約10%であったが、1995年には約20%に倍増したと推定されている。その一方で、1970年代以降、中間階層以下は所得を減少させていった[2]。この2極化は2つの新たな市場を誕生させ、高所得階層向けにはソリューション・セリング[3]型の業態が誕生し、中間階層以下向けにはディスカウント型業態が続々と誕生した。
 第3は高齢化である。GDP2/3が個人消費で占められる米国では、消費を支えてきた第2次大戦後生まれのベビーブーマーが高齢化し、「高齢化ベビーブーマー」と呼ばれる世代に変化した。彼らの高齢化は経済的な余裕、子弟の自立、家事からの開放という環境をもたらし、衣食住の内容も変化したのである[4]
 上記の要因のうちHMR誕生の一義的な要因はライフスタイルの変化であり、レストランに代表されるHMR特化型業態の誕生はこの要因によるところが大きい。そして、米国の構造的要因である人口の減少がスーパーマーケット間競争ならびに小売業態間競争を激化させ、業態内差別化の手段の1つとして新たなライフスタイルに対応したHMR概念が取り入れられたのである。

2.HMR市場の誕生と発展の経緯

 HMRのコンセプトを最初に生み出したのはボストン・チキン社(Boston Chiken,Inc.)1991年に始めたレストラン・チェーン「ボストン・マーケット(Boston Market)」であった。同チェーンのシステムはファーストフードチェーンが開発したテイクアウト・システムをベースとしたが、これに家庭料理のコンセプトを持つ商品を品揃えすることで、「家庭料理を外食で再現し、家庭に持ち帰って食事を楽しむ」というHMRコンセプトが確立された。同チェーンは当初メインディッシュであるグルメチキンとサラダをセットで販売していたが、消費者の多様なニーズに対応するためにハム、ターキー、ミートローフなど品揃えを拡充した[5]
 その後、HMR特化型業態であるイーチーズ(eatZi's)の成功がこの概念を一般に広めた[6]。イーチーズは店内に35人のシェフとパン職人を配備し、顧客の注文に応じてミール、パン、サラダ、サンドイッチなどを調理し、供給した。そして、食卓に彩りを加える花も取り扱い、ワイン、ビール、コーヒー、紅茶などのドリンク類も幅広く取り扱っている。
 イーチーズの目指したコンセプトは食品店とレストランの中間業態(ハイブリット)になることであった。スーパーマーケットで買い物をすれば支払金額は少なくて済むが、自分で調理し、最後には後片づけをしなければならない。レストランで食事をすれば自分で調理をする必要はないが、料理の代金は当然高額になる。イーチーズはスーパーマーケットで素材を買うより短時間で調理できるものをレストランより安価で販売したのである。そして、自分の好みで選べるようにメニューを多彩にし、調理品のレベルもレストラン並みに設定したのである[7]
  スーパーマーケットもHMR概念を導入した。FMI(食品マーケティング協会)の調査によると、スーパーマーケットの約80%がすでにHMRを意識し、食品サービス部門を強化しており、チェーンストア・ガイド情報サービス社の調査によると、1998年現在、HMRに取り組む企業数は1,606社、23,157店舗となっている(表1参照)[8]
 代表的な事例としては、ユークラップ社(Ukurup's Supermarkets Inc.)があげられ[9]、テークアウト用の調理食品が同社の店舗内の60%以上を占めており、対面販売にも力を入れている。HMRはスーパーマーケット業態にグルメ・スーパーマーケットと呼ばれるカテゴリーを創造するほどのインパクトを与えたのである。
 HMR導入以前の米国食品小売市場は、スーパーマーケットと外食産業が図1で示すような棲み分けを行っていた。スーパーマーケットは素材食品、下調理品、冷凍食品などを販売し、外食産業は自社の店舗で注文に応じた料理を提供していた。
 スーパーマーケットはその業態特性を生かして、HMR概念をより広範にとらえることで外食産業と差別化した。スーパーマーケットは多様な食材を取り扱うところにレストランとの相違があり、持ち帰りできる料理商品だけではなく、家庭における料理を簡単・迅速にするために必要な商品にまでHMR概念を拡大したのである[10]。そして、スーパーマーケット業態間競争においても、HMR概念は大規模スーパーと中小規模スーパーの差別化を行う上で重要になっており、所得2極化にも対応したアップスケール・スーパーマーケット[11]という業態が成長しつつある。

3.HMR概念の具体的内容と市場構造

 HMRHome Meal Replacementの略称であり、直訳すると「家庭料理に代わるもの」である。業界で一般化しつつある定義は「ホームスタイルの便利な食品で、原則として店内で食べるのではなく、家庭に持ち帰って消費し、それも容易に食事の準備を済ますことができる、一種のクイックサービス形態の食事であり、高品質でコストが安く、完全な食事を家族で食べられるような食品」というものである[12]
 しかし、その領域は論者によって未だに統一されていない。そして、その領域は調理食品の加工程度に応じた分類によって示されてきた。調理食品は加工程度の低い順に4分類される。

(a)Ready to Prepare(食材が準備されている状態)
 関連食材が手間を省くために一括して特定の場所に陳列されていること
(b)Ready to Cook(下ごしらいがされている状態)
 食材が調理時間短縮のために、カット、スライス、下味付けされ、そのまま料理できる状態にして提供されていることが条件。
(c)Ready to Heat(温めれば食べられる状態)
 冷凍食品などのように加熱後提供することが可能な食材が提供されていることが条件。
(d)Ready to Eat(そのまま食べられる状態)
 持ち帰りできる調理食品を提供することが条件。

 本来、HMR概念は家庭料理の代行を意味するために、加工度の高い(d)を中心に考えられるはずである。HMR概念がレストランから誕生したのも、レストランが加工度が高い食材を提供するのに適していたからである。そのため、レストランは主に食材を調理し、完成品を提供してきたため、HMR概念を加工度の高い(d)を中心に捉え、消費者の利便性を考慮して、(c)まで提供している。
 そうした状況に、スーパーマーケットが参入したために、HMR概念が拡大解釈されたのである。スーパーマーケットは主に食材の提供、すなわち(a)という調理食品という観点からは加工度の低い領域を中心に担当してきた。そのために、HMR概念を加工度の低い(b)や家庭で調理がより簡単・迅速にできるような食品の提供、つまり、食材の提供方法の工夫といった(a)まで拡大解釈していき、スーパーマーケットの基本戦略は食材の提供からミール・ソリューションと呼ばれる食生活に関する問題解決策の提供という方向に転換していったのである。
 こうした解釈拡大により、HMR概念はより幅広い領域として捉えられるようになり、さらに(c)に特化している冷凍食品メーカーがHMR概念を強く意識した商品を投入し、幅広い品揃えが可能なインターネット宅配業者が参入し、HMR概念を含む具体的内容は厚みを増しつつある(図2参照)[13]

V 日本型HMRの特性と現状

1.日本型HMRの特性

 日本の食品流通業界においてもHMR概念の導入は進みつつある。しかし、米国と日本では、さまざまな環境の相違から生じる食品流通の相違が大きいため、HMR概念も日本独自の特性がある。
 日本の特性は主に3つある。第1は非常に均質的であることである。米国では、所得階層ごとに生活環境が大きく異なり、住んでいる地域ごとに利用する店舗も異なる。この傾向は食品流通に関しては顕著であり、HMR導入に関しても、階層ごとに提供される食品の品質や味に相違がある[14]。例えば、高級スーパーでは消費者の細かい嗜好に応えるために、イタリア、フランス、メキシコ、中国、インド、日本など世界各国のグルメフードを豊富に扱い、消費者のヘルシー嗜好に対応した食の提案を行っている。それに対して、普通のスーパーではHMRの要素を取り入れつつも価格を重視している。日本でも高級スーパーは一部に存在するが、食品スーパーやコンビニには立地場所などによる階層ごとの明確な品質や味付けの差はみられず、HMR商品は非常に均質的である。
 第2はおかず中心であるということである。この特性は食習慣の相違から生じる。米国においては、HMR商品だけで完全な食事となる場合が多いが、日本は米飯中心であるために、総菜だけでは完全な食事になりにくいという特徴がある。赤飯や炊き込みご飯など手間のかかる米飯メニューはHMR商品としてラインナップされるが、ご飯は大部分の家庭では自分で炊く。そのために、日本での導入はご飯のおかずとなるReady to Eat商品である総菜中心となる[15]
 第3は小売業者によるHMRのレベルが高いということである。この背景には、小売店舗数の多さに伴って起こる小売業態間競争の熾烈さがある。日本での小売業態間競争は対外食産業や対食品メーカー間の競争を上回る激しさである。このことは農林中央金庫が毎年行っているスーパー動向調査にも現れており、食品スーパーは全くといってよいほど外食産業に対して競合意識を持っておらず、食品スーパー間の競合意識は常に高まっており、競合を意識する業態として同じ食品スーパーを示す数値が平成7年度調査の73.2%から平成9年度調査では84.1%となっている(表2参照)。そして、今後活性化が必要とされる部門を問う質問の回答でも、日本でのHMRの中心をなすそうざい部門をあげる業者が平成7年度調査の39.4%から平成9年度調査の57.4%に増加しており(表3参照)、食品スーパー間でのそうざいを巡る競合が進んでいることを示している[16]

2.日本型HMRの現状

 日本の食品流通の特性は日本型HMRを生み出す土壌となっている。おかず中心のHMRという意味では、一般総菜があるし、小売業が中心となったという意味では、古くは百貨店の食品売場から近年のコンビニエンスストア(以下CVSとする)やファーストフード店を中心とする小売業者による中食の提供がある。これらの概念は製品カテゴリー中心に発想が終始しており[17]HMRの持つ顧客ニーズへのサービスを含めたより細かな対応という面ではかなり異なるが、日本型HMRを考える基礎となっている。
 一般総菜は和洋中華と多様であるが、具体的には煮物、焼物、炒め物、揚げ物、蒸し物、和え物、酢の物、サラダなどであり、ほとんどがご飯のおかずとして位置づけられる。また、中食はより包括的な概念であり、家庭外で調理・加工された食品を家庭や職場・学校・屋外などへ買って帰り(宅配も含む)、そのまま(調理加熱することなく)食事として食べられる状態に調理された日配食品である。具体的には一般総菜に、弁当、おにぎり、寿司などのHMRでいえばReady to EatReady to Heatといえる米飯類、調理パン、サンドイッチ、調理麺などを含んだ概念といえる。そして、冷凍食品やレトルト食品などの半調理品を中食に含めるかどうかに関しては議論が分かれている。
 その市場規模は必ずしも明確ではないが、日本総菜協会が総菜産業の市場規模を試算した試みによると、1997年度の総菜の市場規模は6兆3,515億円であった[18]。また、外食総合研究所の中食市場規模の試算でも、5兆5,761億円との結果がでており、その市場規模は6兆円前後であるとみられる。
 業態別の売上高構成比は店舗数自体が多い専門店その他が42.35%と第1位であるが、第2位にここ数十年で成長してきたCVS24.34%)が位置しており、総菜におけるCVSの売上比率の高さを示している(表4参照)。そして、その商品構成はCVSとその他の業態では大きな相違が見られる。CVSはおにぎりや弁当などの米飯類の比率が66.76%と際立って高いのに対して、その他の業態では主要業態で一般総菜が5割を越えている(表5参照)[19]。つまり、CVSは米飯類というHMRでいうReady to EatReady to Heatという欧米と同じ完全食を提供しているのに対して、その他の業態ではおかず中心という日本型HMR商品を多く取り扱っているといえる。

W HMR食材としてのキムチの導入

1.日本のHMR市場における漬け物の位置付け

(1)おかずとしての漬け物
 既述の通り、日本のHMR市場は一般総菜という主食の米飯のおかずとして販売される総菜と米飯類、調理パン、調理麺などの完全品として提供される総菜に分類できる。そして、一般総菜は和総菜、洋総菜、中華総菜などに分類され、漬け物の大部分は和総菜に分類される。 
 漬物は伝統的な米飯を中心とする食文化に根付いた食品であり、中小企業事業団が行った調査でも、ご飯の付け合わせとして最も食べられている食材であるという結果がでている。この傾向は年代が高いほど高く、60歳以上では79.4%50代で80.5%40代で73.5%30代で54.3%20代で49.1%10代以下で34.5%となっている(表6参照)[20]。若年層は付け合わせを食べないなど伝統的な食文化の変化の兆しもみられるとはいえ、依然として漬け物は付け合わせとして高い比率を示している。

(2)市販品としての漬け物
 漬け物は本来自宅で漬ける物であった。しかし、近年は購入する食品となりつつある。1978年の調査では、「すべて自家製」と「自家製の方が多い」をあわせた数値が「市販品の方が多い」と「すべて市販品」をあわせた数値を上回っていたが、1998年の調査ではその数値は逆転している(図3参照)[21]
 こうした傾向は漬け物購入金額の増加にもあらわれており、総務庁の家計調査によると、一世帯当たりの漬け物購入金額は1969年には3,033円であったが、1997年には12,248円と4倍以上の成長をしている(図4参照)[22]。特に、その他の漬け物の成長が大きく、キムチや浅漬けといった新たな漬け物の浸透がその他の漬け物の購入金額の増加につながっているみられる。
 また、漬け物を購入する傾向は年齢層が下がるほど強くなっている。中小企業事業団の前述の調査によると、30代を境に選択行動が変化していることが分かる(図5参照)。20代以下は親と同居の比率が高いので、同居の親が漬け物を漬けているために自家製の比率が30代に比べて高くなっている[23]。今後、30代が親世代になると漬け物を購入する比率はますます上昇するとみられる。
 この傾向は農林漁業信用金庫の調査にもあらわれており、自宅で漬け物を漬けている比率は60歳以上では74.5%とほぼ3/4となっているが、39歳以下では49.5%と半数を切っている[24]

(3)HMRの中核商品としての漬け物
 それでは、日本のHMR市場の中での漬け物の位置づけは高くなっているのであろうか。大手食品メーカーが首都圏の20-50代に対して行った総菜の利用状況に関する調査によると(図6参照)、漬け物は総菜のうちよく利用するメニューはという項目で、全体では25.7%でおにぎり、お弁当、コロッケ、サラダに次いで第5位であり、特に40代(38.7%)、50(33.3%)で第1位となっている。
 また、総菜のうち今後充実してほしいメニューという項目では、漬け物は全体では22.3%でお弁当の29.3%に次いで第2位となっており、年齢別にみても、現在利用するメニューでは漬け物が5位以内に入っていなかった30代でも、お弁当(32.0%)、サンドイッチ(24.0%)に次いで22.7%で第3位に入っている(図7参照)[25]
 以上の検討から、年齢層が下がるにつれ、その食頻度は下がるが、他方では漬け物を自宅で漬けるのではなく、購入する比率が高まることから、漬け物はHMR市場のうち一般総菜の中核商品として位置づけられるということがわかる。

2.HMR食材としてのキムチの導入

 既述のように、漬け物は和総菜として位置づけられ、HMR市場の中で一定の位置づけを得てきた。しかし、その位置づけは浅漬けの開発などの努力にもかかわらず、停滞している。そうした状況下で、キムチだけは外国食材の中でも、その存在感を高めている。
 キムチがその他の漬け物と異なる特性は3つある。第1はその市場の大きさである。キムチ以外にも外国産の漬け物で中華漬け物やピクルスなどが存在したが、キムチほどの市場規模を誇るものはない。また、国内の漬け物と比較しても、今や単品でキムチと競える市場規模の漬け物はなく、その市場規模は第1位となっている。ちなみに、国内のキムチの生産量は食品需給研究センターの統計によると、1999年には2593トンとなり、前年比で39.3%の増加、前々年比で倍増している。また、輸入キムチ[26]も韓国農水産物公社の統計によると、1999年には21,394トンとなり、前年比42%増となっている(図8参照)。
 第2は若年層に人気が高いということである。漬け物自体は既述の農林漁業金融公庫の調査にもみられるように、高齢になるほど人気が高いが、キムチに関しては39歳以下の年齢層の購入頻度が高い(表7参照)[27]。また、中小企業事業団の調査では、今後の食べたい漬け物の味は塩分の少ないものがすべての年代で高いが、30代以下の若年層では辛みの強いものが2位となっている(表8参照)[28]。キムチは辛い漬け物の代表であり、若年層でのこうした傾向はキムチにとっては追い風となり、辛みが酒の肴としてのキムチの人気にもなっている。 第3は自宅で漬ける頻度が非常に低いということである。漬け物は既述の通り市販品を購入する傾向が強まっている。しかし、農林漁業金融公庫の調査では、キムチ以外の購買頻度が高い漬け物である塩漬け(しば漬け、野沢菜漬け)、ぬか漬け(ぬかみそ漬け、たくわん)、浅漬けの自宅漬け比率がそれぞれ36%51.3%57.3%と高い。それに対して、キムチの自宅漬けの比率はたった3%にすぎず(表9参照)[29]、キムチの漬け方教室が各地で開かれつつあるとはいえ、キムチは大半が市販品である。このことはキムチの人気の拡大が総菜としてのキムチの売上高の拡大に直結することを示している。
 第4に、料理の食材として利用される場合が多いということである。中小企業事業団の調査によると、キムチは料理の材料となる漬け物という項目で23.3%と第1となっている[30]。最近のエスニックブームはビビンバ、キムチチャーハン、冷麺といった韓国料理を急激に普及させ、居酒屋チェーンやファミリーレストランなどでもキムチを利用したチャーハン、鍋料理、クッパが定番化しつつある。そして、キムチ鍋の素などキムチ鍋用つゆも調味料の定番となりつつある[31][32]。今後一層食材としてのキムチ市場が拡大するとみられる。
 以上のように、キムチは日本のHMR市場の一角を占める一般総菜の中では異質の存在である。キムチは漬け物市場の停滞の中で唯一大きな成長を続け、若年層に人気があり、市販品が大半を占め、食材としても有望である。こうした異質性は既存の漬け物が持つマイナスの側面をすべてプラスに置き換えた特性であるといえる。今後HMR市場の拡大が見込まれる中で、キムチは漬け物が築いた地位をより高めていき、おかずとしての漬け物といった範疇にとらわれない拡大をしていき、HMR市場の中で中心的なグルメフードとして導入されていくとみられる。
 このように、キムチは縮小市場である漬け物業界においてその異質性が評価され、市場を大きく拡大している。キムチの日本市場導入の成功はキムチの商品特性によるところが大きいとはいえ、日本のHMR市場への外国食材の導入を促進したという点で重要な意味を有するといえる。

X むすびにかえて

 キムチはようやくHMR市場を通じて家庭に入ったという普及の初期段階にある。日本人はカレー、ラーメン、ハンバーガー、スパゲティ、パンなどの外国料理を日本風にアレンジし、日本に定着させてきた実績がある。キムチが日本に本格的に定着するためには、多様なアレンジが加えられる必要がある。そのためには、白菜キムチ以外の種類の提供、多様な付け具合のキムチの提供、時間を経た後のキムチの利用法に関する情報提供、キムチを利用した加工食品の開発など多様な取り組みが必要であるといえる。
今後は、普及段階に入ったキムチの今後の動向について研究を継続すると同時に、HMRにおいて現在注目されている東南アジア食材などについてもその普及の動向と可能性を検討し、食品小売市場におけるHMR概念の導入に関してその実態を解明していきたい[33]


[1] 富士経済「日本版HMRの実態」『富士マーケティング・レポートシリーズ』、第909号、1997年、4-5頁。
[2]渦原実男「米国でのマーケティング環境の変化と小売業の対応」『西南学院大学商学論集』第46巻第2号、1998年、82-83頁。
[3]ソリューション・セリングに関して詳細は、宮副謙司『ソリューション・セリング』東洋経済新報社、1999年を参照。
[4]日本貿易振興会農水産部『米国HMR市場の現状と課題』1999年、1頁。
[5]日本貿易振興会農水産部、前掲書、1999年、2頁。なお、ボストン・チキン社は199810月に会社更生法を適用し倒産した。
[6]イーチーズに関して詳細は、フィル・ロマーノ、片岡巧男『HMRの旗手 イーチーズの挑戦』柴田書店、1999年を参照。
[7]大橋唯男「脱スーパーマーケット「イーツィーズ」のHMR戦略」『流通ネットワーキング』第122号、1999年、66頁。
[8]日本貿易振興会農水産部、前掲書、1999年、8頁。
[9]同社のHMRに関して詳細は、山腰光樹「日米HMRの動向と中食市場(下)」『季刊外食産業研究』第16巻第3号、1997年、7-9頁を参照。
[10]日本貿易振興会農水産部、前掲書、1999年、3頁。
[11]アップスケール・スーパーマーケットに関して詳細は、春日淑子、I.M.TAO、小町英恵『世界のフードショップ』商店建築社、2000年を参照。
[12]日本貿易振興会農水産部、前掲書、1999年、5頁。
[13]MSHMRを導入した事例が多く紹介されている文献としては、伊藤ハムマーケティング研究所『別冊 アメリカ小売業の活力』伊藤ハムマーケティング研究所、1998年があげられる。同研究所が出版している『躍進』は毎号米国のスーパーマーケットの事例を紹介しており、非常に有用である。
[14]林廣美、林稔子、T.ウィルソン『急成長するHMRの秘密』商店建築社、1999年、40-41頁。
[15]富士経済、前掲書、1997年、7頁。
[16]上記の調査結果に関して詳細は、農林中央金庫営業統括部産業調査室『スーパー経営動向調査報告書』、1997年を参照。なお、同調査は内部で継続的に行われているが、本稿で利用した「経営計画等についてのアンケート」は1997年の報告を最後に行われていない。
[17]梅沢昌太郎『アグロ・フード・マーケティング』白桃書房、1999年、250頁。
[18]日本総菜協会『伸びる総菜のマーケットサイズ』1998年、2頁。
[19]日本総菜協会、前掲書、1998年、5-9頁。
[20]中小企業事業団調査国際部『平成10年度需要動向調査報告書(食生活関連)漬物製造業編』1999年、114頁。
[21]中小企業事業団調査国際部、前掲書、1999年、132頁。
[22]中小企業事業団調査国際部、前掲書、1999年、104頁。
[23]中小企業事業団調査国際部、前掲書、1999年、133頁。
[24]農林漁業金融公庫『伝統食品の消費実態に関する調査』1999年、27頁。
[25]紀文食品『紀文 家庭のお総菜調査’991999年、7-8頁。
[26]輸入キムチの半分は日本の業者からの注文で「日本向け」に加工されたものであり、輸入キムチの増加が本格キムチの浸透とは必ずしもいえない。市販キムチを対象にした官能調査でも、国産キムチが輸入キムチを上回っている。この調査だけではなんとも断定できないが、輸入キムチに関する評価が高いとはいえない。輸入キムチの実態に関して詳細は、ミート・ジャーナル編集部「食卓にもキムチが定着、生産量25万トンを超える」『ミート・ジャーナル』第37巻第6号、51-52頁。官能調査に関して詳細は、阿久津智美「加工食品製造の高度化に関する研究(第1報)」『研究報告(栃木県食品工業指導所)』第14号、29-34頁を参照。
[27]農林漁業金融公庫、前掲書、1999年、26頁。
[28]中小企業事業団調査国際部、前掲書、1999年、140頁。
[29]農林漁業金融公庫、前掲書、1999年、27頁。
[30]中小企業事業団調査国際部、前掲書、1999年、151頁。
[31]梅野憲治郎「キムチ〜急成長する韓国料理の定番〜」『JAS情報』第35巻第2号、2000年、10-11頁。
[32] 滋賀県立大学の澤氏らの大学生に対するキムチの嗜好に関する調査においても、キムチを料理材料として利用するという回答の割合が21%であり、利用した料理は31種類と非常に多様な内容となっている。この調査結果に関して詳細は、澤麻衣子、日比喜子、鄭大聲「日本と朝鮮半島の食文化の比較研究その1〜日本の若者におけるキムチの嗜好について〜」『人間文化(滋賀県立大学人間科学部)』第7号、1999年、30-34頁。
[33] 本稿執筆にあたり、日本大学の清水みゆき氏に資料提供及びコメントを頂き、滋賀県立大学の日比喜子氏に資料提供を頂いた。ここに記して感謝したい。