書き方表現法

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  • 今年も最初の課題は写真を読むことから。ただし今回は1枚ではなく複数のものが載った1頁。E.ゴフマンの『ジェンダー・アドヴァタイズメント』は広告に見られる性にいちはやく注目した作品で、すでに25年ほど前のものですが、今でも十分有効な指摘に満ちあふれています。「手」、その男らしさや女らしさの演出が商品とどう関係しあっているか。そこをうまく表現してもらうことを狙いました。





    00c1097 久保田健一
  • ここにある10枚の広告には、商品の他にそれぞれ共通して写っているものがある。それは男女、あるいは男性のものと思われる手と、女性のものと思われる手だ。
  • これらの広告では、男性の手は商品を力強くしっかりと握んでおり、その上に、よりそう様にして女性のものと思われる手が商品を持っている広告もあるのだがその広告では、男性の手の様にしっかりと持っておらず、その持ち方は弱々しく繊細でアンバランスな印象を与える。これらの広告からは男性の力強く、しっかりとしており女性は弱々しく繊細、といったステレオタイプな構図を見受けることができる。

    99c1167 榎本真弓
  • 無造作に並べられた10個の広告には一つの共通点がある。それは全ての広告に「手」が必ず存在しているということだ。
  • 17番、18番、19番、21番、22番、23番の広告には「手」の存在が非常に強い。つけまつげ、時計、たばこ、グラスなど、手に持っている商品は違うものの、それぞれの手が、商品を引きたてる為の道具になっている。17番のつけまつげの広告に注目してみる。やはり女性を対象にした商品だけあって、つけまつげを持つ手はつめを伸ばした女性の手である。又、20番目のウィスキーの広告ではグラスを握りしめるのは肉厚な力強い男性の手だ。女性の手はきれいにマニキュアされ、男性の手は肉厚で力強い。対象商品によって女性と男性の手が使い分けられているのだ。

    00c1130 小笠原卓也
  • このページに載っている10の広告作品。宣伝されている商品は酒であったりタバコであったり、あるいは時計であったりと様々であるが、よく見ると全ての広告に共通する点がある。それは「手」である。もちろんその「手」自体も広告によって様々である。男の手、あるいは女の手のみの広告、または男女の手が写っている広告もあるが、「手」が全ての広告に映っていることが分かるであろう。
  • では何故「手」をメインに使われているのか。我々にとって手は日常あまり意識せずに使う人体の一部である道具だ。自分の手を見ても何も感じないが、20、24などに映る「女性の手」には、我々男性の手を見て同じような感覚を抱くかどうか私には分からない。が、もしそうだとしたら「手」というものは「道具」としての姿と性的記号を現す姿を持ち合わせているのではないかという考えが浮かぶ。21、22の作品は男女の手が重なりあっているが、ただ手と手が重なっているだけで少し官能的な空気を感じる。女性はどうかは知らないが、男性は官能的なものには興味を示す。
  • 広告は人に見られて始めて意味を成すもの。人に興味を持たせるために「手」が使われるのもうなずける気がする。

    00c1132 三浦梓
  • その写真、1枚1枚で彼らの手は、男らしさ、女らしさを表現する。ハンドルを握る男の手はとても強くたくましいものに見え、煙草を持つ男の手は彼の生き方自体を物語っているようにも感じさせる。またまつげをつかむ女の指先からは女性の色気が感じられ、腕時計を持つ女の細く美しい手からは大人の女性の気品がただよう。
  • ここに映る女たちの手からは生活感を感じとる事が出来ない。彼女たちは飲みたいものを飲み、好きなものを買い、生きたい様に生きるのだ。彼らの手は、我々の理想の男と女を描き出す。

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