・熊野古道を歩きたいと思ったのは、歴史的な関心からではない。山歩きをしていて、次はどこにしようかと考えたときに、ふと思いついただけのことだった。だから、下調べもパートナーに任せて、僕はほとんど予備知識なしに歩いた。
・熊野古道とは京都から熊野本宮大社、熊野速玉大社、那智大社の熊野三山に至る道のことで、大阪湾を南下して紀伊田辺から山道に入るコース、伊勢を経由して熊野灘を南下するコース、そして吉野山から山道をたどるコースなどがある。僕は中辺路と呼ばれる紀伊田辺から入って熊野本宮大社までのコースを歩いた。3泊4日でおよそ40kmの山道を歩く行程である。出発は紀伊田辺から朝来街道をバスで30分ほど行った滝尻王子である。
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・初日は未明に家を出て、歩き始めたのは午後から3時間弱だったが、いきなりの急登はきつかった。4kmほどの道を350m登って200m降ったのだが、2日目は13km弱で800m登って600m降り、3日目は20kmを800m登って1200m降るというコースだった。トレッキング・コースとしてはおもしろい。途中、〜王子という名の場所に石像などがあって古道らしいと言えば言えるのだが、歩きながらいくつかの疑問も持った。
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・熊野古道は平安の昔から京都の王侯貴族たちがはるばる熊野三山を訪ねて歩いた道である。その道がなぜ、これほどに登り降りが激しいのか。牛や馬にまたがってということも多かったようだが、それならばなおさら、こんな道を行くのは難しいのではと思った。川沿いのコースを辿ればもっと楽だったはずである。いろいろ調べると、道路を作るためにコースを移したところが多いようだ。右の写真の牛馬童子像も、もともとここにあったのだろうか。牛や馬の背に乗って登れる道ではないのだが。
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・熊野古道を歩くと霊気を感じたりするという話にも違和感を持った。山は杉やヒノキの植林で、薄暗くて間伐した木が放置されて、荒れ放題だったからだ。これはおそらく第二次大戦後に植林されたもので、その前にはブナやナラ、あるいは常緑の広葉樹が茂る森だったはずで、たとえば右の写真のような木が、もっとたくさんあったのだろうと思う。これならば、我が家の周辺の山の方がずっと植生が豊かで、森が醸し出す霊気を感じることができると思った。
・数年前の台風で、南紀一帯は土石流や洪水などで大きな被害を受けた。その傷跡がいまだにあちこちで残っていた。下左の写真のように、山が大きく崩れているところも何カ所かあった。杉ではなく広葉樹だったら崩れなかったのかもしれないと思った。下右は土砂崩れのために迂回路として作られた道。 |