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![]() ・彼は東大を定年前にやめて、独自の活動をしている。その一つにカヌーやカヤックを使って、日本の河川や海岸の環境破壊や汚染の状況を観察するという試みがある。今回の冒険はいわばその延長にあるわけだが、とても一人で冒険できるようなコースではない。番組ではプロのカヌーイストが3人つき、ドキュメントを制作するスタッフが乗る船が伴走した。一ヶ月以上の時間、何人ものスタッフ、それ相当の資材や食糧。カヤックでホーン岬にたどりつく行程はもちろんおもしろかったが、見ていて感じたのは、一人の冒険とそれを記録することに費やされる時間や労力や費用の大きさの方だった。 ・これはたぶん、意地悪な見方だと思う。60歳を過ぎた人が冒険に挑戦する。それがコンピュータや環境問題を研究する学者であれば、興味深い試みであることは間違いない。何しろ彼は、日頃から日本の海岸や河川をカヤックを使って観察しているのだから。コンピュータ化と自然破壊、人口の増加と食糧危機、豊かさや便利さの追求と地球の破滅。月尾嘉男は今、そのことについて最も精力的に活動し発言する人でもある。 ![]() ・さまざまなデータを駆使して彼が描きだす現代文明の異常さには説得力がある。地球の誕生から現在までを1年間(地球時計)に換算すると、最初の人類が登場するのは大晦日の12月31日で、現在の人間の直系の祖先が現れるのは23時58分頃になるそうである。その1年間の最後の2分間に起きたこと自体が地球にとっては異常なことだが、産業革命以後に人類がしてきたことはさらに異常で、地球時計ではわずか数秒の時間だという。人口の爆発、資源の枯渇、環境の破壊、多くの動植物種の死滅………。 ・もちろん、その数秒間で、人間はかつてないほどの豊かさや便利さを手にし、知識や芸術や娯楽を享受してきた。しかし、その破綻が目の前にやってきていることは明らかで、大きな転換をはからなければ、地球に未来はない。このような指摘なのだが、いったいどうしたら、そのような危機は回避できるのか。それは数値的に見れば、途方もないものである。たとえば温暖化を食い止めるために炭酸ガスの総排出量を減らすためには、一人当たりの量を1900年頃の水準に戻す必要があるという。 ・生活水準を変えず、しかも経済活動を拡大させながら、エネルギーの消費や環境の破壊を100年前の数値に低下させる。こんなことは絶対不可能なことだと思う。月尾嘉男が鳴らす警鐘はきわめて深刻なものだが、それに対する対応策はまた、何とも些細な例の連続で、また抽象的でありすぎたり、技術の進歩に頼りすぎていたりもする。 ・大がかりな冒険をテレビ番組の制作として行う。それがオールで漕ぐ一人乗りのカヤックでというのは、何ともエネルギーの無駄づかいではないのか。マゼラン海峡の雄大さや厳しさを映し出し、波や潮の流れと格闘するさまを見ていて、僕はそんなことばかりを考えてしまったのだが、それはまた『縮小文明の展望』を読みながら感じたちぐはぐさと同じものでもある。 |
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