CD Review

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●最近聴いたCD

早川義夫『言う者は知らず 知る者は言わず』


早川義夫は本屋の店主で、時折、朝日新聞の書評欄で本の紹介をしている人だが、もともとはミュージシャンで、「ジャックス」というロックバンドの歌手だった。その「からっぽの世界」を聴いたのは、ぼくが浪人中の頃だったから、もう35年以上も前のことになる。タクトという今で言うインディーズからでた45回転のドーナツ盤でB面は「いい娘だね」。僕がはじめて聴いた、日本人によるまともなロック音楽だった。場所は忘れたが、予備校の授業をさぼってコンサートにも行った。そのときの「かっこいいー」という印象がいまだに残っている。その早川義夫の初アルバムは「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」。
「ジャックス」はすぐに解散してしまったが、しばらくして早川義夫の作った「サルビアの花」がヒットした。歌っていたのは岩淵リリ。石川セリ(井上揚水の奥さん)の歌った「八月の濡れた砂」とともに、僕にとっては数少ない記憶にのこる日本の歌である。ちなみに「八月の濡れた砂」は藤田敏八が監督した日活ロマンポルノで高校生を主人公にした青春映画だった。そのとき不良っぽい高校生で出演していた村野武範は、今はテレビ東京で温泉やうまい店を訪ねる番組のレポーターをしていて、僕はよく見ている。
歌をやめたと思っていた早川義夫が歌っていると聞いたのは、数年前のことだった。どうせ昔の歌ばかりだろうと関心ももたなかったが、つい最近、新しいアルバムが出ていることを知った。で、何枚か買ってみた。声がずいぶん変わった印象を受けたが、じっくり聴かせるいい歌がいくつもあった。
ライブの2枚組み「言う者は知らず 知る者は言わず」では「からっぽの世界」や「いい娘だね」などから、最近作ったものまで26曲も歌っている。
歌を歌うのが 歌だとは限らない
感動するのが 音楽なんだ
勇気をもらう一言 汚れを落とす涙
日常で歌うことが 何よりもステキ
僕は何をするために 生まれて来たのだろう
何度も落ち込みながらも 僕は僕になってゆく
夜空に放つ大きな花 身体に響く音楽
何の野心もなく 終わりに向かって歩く 「音楽」
音楽に理屈などいらない。批評などはたくさんだ。この「音楽」や「批評家は何を生みだしているのでしょうか」といった歌を聴くと、何も言えないような気になってしまう。何せアルバムのタイトルは「言う者は知らず 知る者は言わず」なのだ。確かにそのとおりで、よくわからずに知ったかぶりやしたり顔をする輩が多すぎる。もっとも、彼は本屋の店主でもあったから、歌詞には理屈っぽいところもある。だから、ただ聴いて感動するだけではなく、ついつい考えてひとこといいたくなってしまう。
僕が一番おもしろいと思った歌は援助交際を題材にした「パパ」だ。この手の問題で、女の子の声は聞けても、「おじさん」の言い分は聞いたことがない。しらを切る。発覚すれば平謝りで、弁解の余地すらない。だから意外な新鮮さがある。「パパ」に歌われている心情は正直で何とも切ない。
父親の振りをして/二人で腕を組む
少年のような恥じらいと/老人のようないやらしさと
仕方ないさ 好きだもの/いつまでも恋人
早川義夫の公式サイトは今年作られたばかりだが、何本かのコラムと日記が載っている。「パパ」のモデルは中川五郎なのか?、などと思わせる文章があるが、砂浜で犬と黒鳥が映っている写真はなかなかいい。



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