CD Review

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●最近買ったCD


Tom Waitsの2枚
"Alice""Blood Money"

  • トム・ウェイツの新しいアルバムが2枚同時に出た。"Alice"と"Blood Money"。前作の"Mule"は1999年だったから、3年ぶりということになるが、その前は6年も沈黙していたから、ずいぶん精力的に仕事をしているな、という印象が強い。今回のアルバムも、前回同様、全作、奥さんのキャスリーン・ブレナンとの共作だ。田舎の農場暮らしが肌に合っているのだろうし、当然ふたりの関係もいいにちがいない。そんなことを感じさせる2枚のアルバムだが、歌はどれももすごくいい。トム・ウェイツには相変わらず「酔いどれ詩人」とか「遅れてきたビートニク」といった形容がついてまわるが、もう完全にそんなイメージとはちがう人になったと感じさせるアルバムだ。
  • "Alice"は『不思議の国のアリス』を思いおこさせるおとぎ話だ。彼の声、バックに流れる音は昔とちっとも変わらないが、歌の中身は全然違う。その変わったものと変わらないものの組み合わせが、奇妙に新鮮な世界をつくりだしている。
    いつか、銀の月とぼくは夢の国に行くだろう
    目を閉じて、目覚めると。そこは夢の国
    花の墓に花をおいたのは誰?祈るのは誰?
    夢の国のチャイナ・ローズ、あるいは、愛の息づき
    この日々が永遠にすぎて、ぼくが今夜死んでも
    月は輝き、別のバラが咲くだろうか
    ぼくが愛したのは、しおれかかっているこの一本のバラ
    誰も花の墓に花を置きはしない "Flower's Grave"
  • トム・ウェイツの声は低音のだみ声で、人相もまるでゴリラのようだが、いくつになっても若々しい感性をしていて、ぼくにはまるで天使の声のように聞こえてくる。もちろん、もうアルコールでごまかしてなどいない。けだるそうだが退屈はしていない。哀しそうだが、ひとりぼっちではない。静かだが暖かい。憂いのある笑い。そんな世界にぼくは、思わず聴きいってしまう。"Blood Money"には、ちょっと日常の生臭さもある。
    なぜ甘い、なぜ用心する、なぜ親切なんだ?
    人が心に持っているのはただ一つ
    なぜていねい、なぜ軽い、なぜプリーズっていうんだ?
    彼らはただ、君をそのままにしておきたいだけ
    そこには信じられるものは何もない
    泣く女、汗をかく商人、金を払うという盗人
    面倒見のいい弁護士、眠っているときの蛇
    お祈りをする大酒のみ
    善人になったら天国に行くなんて、信じない
    いずれにしても、みんな地獄に行くんだ "Everything Goes to Hell"
  • トム・ウェイツは歌だけでなく、映画でも独特の役回りを演じる。ジム・ジャームッシュの「ダウン・バイ・ロウ」、コッポラの「アウトサイダー」のほか、たくさんの作品に出ていて、意外なシーンでひょっとしたらといった、わかりにくい感じで登場する。醜い容姿をいっそう強調させるメイクが得意だが、今度の2枚のアルバムにおさめられている写真もまた、どれも変装を楽しんでいる。
  • トム・ウェイツは1949年生まれで、ぼくと同年齢。ヴァン・モリソンとともに、ぼくにとってはいつでも気になるミュージシャンで、しょっちゅう聴いている。だから新しいアルバムが出ればすぐに買って、くりかえし聴くことになるのだが、今回は2枚同時だから、楽しむ時間はたっぷりある。なぜか二人とも、雨の日に聴きたくなるから不思議だ。



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