Book Review

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●最近読んだ本

  • 最近アメリカとイギリスを中心にして、ロックをテーマとした文化研究が盛んに行われている。特に顕著なのは「カルチュラル・スタディーズ」と呼ばれる動きだが、クリス・カトラーは学者ではなく、ミュージシャンである。
  • 読んで第一に感じた印象はというと、共感と違和感が半々といったものだ。この本が書かれたのは1985年である。僕が感じた印象の原因はなにより翻訳されるまでに11年という時間が経過していることにあるようだ。つまりこの間のポピュラー音楽やメディアの状況、あるいはそれを受けとめる人々の感性や態度の変化が大きかったということである。
  • この本の作者は、かなりラディカルな音楽観を持ったミュージシャンである。「ロック」という音楽を何より表現手段、とりわけ政治的主張や前衛的な芸術を創る場と考えている。サイモン・フリスが指摘するように、このような考え方は70年代までは、多くの人に支持されるものだった。「ロック」が音楽産業はもちろん、ミュージシャンにとっても金のなる木として認識されたのは、60年代の後半だった。それが70年代になるとますます顕著になり、80年代になると評価の対象がそこだけのようになった。
  • カトラーはこの本のなかで、そこに抵抗するためにはどうするかを真剣に考えているが、その態度は一言でいえば、「オーセンティック」な音楽を追求するということになる。しかし、そのような動きが大きな影響力を持つことは、現実にはなかった。とはいえ、ロックが商品価値以外の何も持たないしろものに変質してしまったかといえば、またそうではない。
  • ロックの新しい流れは70年代後半からレゲエやラップ、あるいはヒップ・ホップのように第3世界やアメリカのマイノリティの中から生まれはじめた。カトラーはコンピュータ技術の音楽への導入についても否定的だったが、ラップやヒップ・ホップはデジタル技術なしには考えられないスタイルである。
  • 『ラスタファリアンズ』はレゲエという音楽が生まれてくるジャマイカの現実を教えてくれるし、『ヒップ・ホップ・ビーツ』はアメリカ社会におけるマイノリティの日常を垣間見させてくれる。もちろん、音楽産業は、そのような新しい流れをあっという間に商品として取り込んで、うまい商売をしてしまうし、白人ミュージシャンもそのエネルギーに触発されて、息を吹き返す。
  • カトラーは題名でもわかるように、キイ・タームを「ポピュラー」に求めている。芸術や文化を「ハイ」や「ロウ」、あるいは「フォーク」や「マス」ではなく、「ポピュラー」としてとらえる視点、それは簡潔にいえば、従来の基準を取り払ってすべてをいっしょくたにしてしまうものであり、また、希望と絶望の両方を同時に感じさせるような特徴を持っている。そこに重要性を感じながら、また彼はそこに苛立つ。もしもう10年早く僕がこの本を読んでいたら、たぶん彼の姿勢にはるかに強い共感を感じただろうと思う。


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