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●最近読んだ本 |
A.R.ホックシールド『壁の向こうの住人たち』 (岩波書店) |
![]() ・ホックシールドの研究スタイルは、インタビューを基本にしたものである。『管理される心』では主にフライト・アテンダントを被験者にしていたが、『壁の向こうの住人たち』でも、その内容の大部分は聞き書きされたものである。 ![]() ・ルイジアナ州は綿花や大豆、サトウキビ、それに牛などを生産する農業州であるが、同時に石油や天然ガスの埋蔵量が豊富で、その油井やガス田、あるいは精製業が経済的な基盤にもなっている場所である。しかし、州の財政は厳しく政府からの多額の補助金をうけている。最近では度々巨大なハリケーンに襲われたし、メキシコ湾の油田から原油が大量に流出する事故も起きた。 ・ルイジアナはアメリカの中でも貧しい州だが、ここに住んで「ティー・パーティ」を支持する人たちは、援助を含めて連邦政府の介入を批判する。石油その他の産業による海や川や土地の汚染が顕著なのにもかかわらず、環境保護運動にも反対する。直接被害を受けている人たちも、その加害者である企業の告訴はもちろん、非難することもない。そういった企業は、何より雇用を創り出してくれるものだからだ。当然、石油の消費に批判が向けられる「温暖化」も信用しない。失業率が高くて、失業保険や生活保護を受ける人も多いのだが、そういった人たちへの批判も手厳しい。 ・リベラルの立場からはきわめて矛盾の多い態度だが、ホックシールドはその考えの根拠になるものを「ディープ・ストーリー」として描き出した。アメリカは自由や夢を求めて移り住んできた人たちによってできた国だ。そんな人たちが列を作って並び、勤勉さやフェアな競争によって上に、先に進もうとしてきた。多くは敬虔なクリスチャンで、開拓民やカウボーイの伝統を今でも大事なものとしている。 ・だから、平等意識の高まりによって自分の前に割り込んでくる人たちには我慢がならない。黒人や遅れてやってきた移民、難民、そして女性やLGBTを公言し始めた人たちだ。もちろん、彼や彼女たちは差別意識を公言したりはしない。そうではなく、政府が決めた法律によって、自分たちが不当に列の後ろに追いやられてしまっていることに腹を立てているのである。アメリカ初の黒人大統領の登場が「ティー・パーティ」の人たちに強い危機感を抱かせたことはもちろんだし、次が初の女性大統領ではたまらないと思ったこともうなづける。だからこそ、トランプに光明を見出し、飛びついたのである。 ・「ディープ・ストーリー」」は、リベラルから無知蒙昧なレッド・ネックと馬鹿にされ、経済的にも文化的にも「異邦人」のような扱いを受けていると感じてきた人たちが共有する物語である。トランプは、そんな自分たちこそ、本来のアメリカ人なのだという思いに火をつけた。ホックシールドはトランプを支持する何人もの人たちと長時間つきあって話を聞くことで、彼や彼女たちを理解し、壁を透明なものする努力をしてきて、そこから、壁そのものに穴を空けるにはどうしたらいいかを考えている。壁は強固で崩れそうにないが、ホックシールド自身が取った態度のなかにこそ、その突破口があるように思った。 |
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