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高齢者の自動車運転について

・高齢者の起こす交通事故がくり返し話題になっています。池袋で起きた事故では自転車に乗って横断歩道を渡っていた母子が亡くなって、加害者への非難はもちろん、高齢者の運転をやめさせろといった声が大きくなりました。運転していたのは87歳の元官僚で、逮捕されずに入院し、報道で「さん」づけされたりしたことから、元官僚に忖度しているのではないかといった批判が出たりもしました。同じ日に神戸で起きたバスでの人身事故では運転者がその場で逮捕されていましたから、その対応の違いに注目が集まったのでした。どちらもひどい事故だとは思いましたが、あまりに感情的なテレビ報道には、やっぱり強い違和感をもってしまいました。何ごとによらず、一方的に煽ることしかしない最近のテレビにこそ、もっと批判の目が向けられるべきなのです。

・昨年(2018年)の交通事故での死者数は3532人ですから、およそ一日に10人前後が亡くなっていることになります。このすべての事故の中から大きく取りあげられるのは、加害者は誰か、被害者は誰か、事故原因は何か、その状況はどんなだったか、場所はどこかについての興味や感情をかきたてる特異性ということになります。死亡事故の多くは、新聞の地方面や地方新聞の記事で小さく扱われるだけでしょう。ですから、交通事故と死亡については、もっと実態を見る必要があるのですが、テレビはセンセーショナルに報道し過ぎるように思います。

・警察庁交通局の資料によると、交通事故での死者数が一番多かったのは1970(昭和45)年で16765人でしたから、昨年はその2割強にまで減少していることになります。その間、車両の保有台数は3倍以上、運転免許保有者数が3倍弱、そして走行距離も4倍弱になっていますから、死者を出す事故の割合は大きく減少してると言えるでしょう。最近の特徴として、死亡者に占める割合として65歳以上の高齢者が多いことがあげられますが、その多くは歩行中に車にはねられる場合で、その割合は70歳以上から増加し80歳以上が特に多いというものです。歩行中の死者数は全体の55%ほどですが、その70%以上が65歳以上の高齢者です。統計からは、高齢者にとって危険なのは運転よりは歩行中であることがわかります。

・それでは高齢運転者による死亡事故ではどういう特徴があるのでしょうか。免許人口10万人あたりの年齢層別事故件数で一番多いのは85歳以上(14.6人)です。80~84歳(9.2 人)も高いですが、この間に16~19歳(11.4 人)が入ります。続いて75~80歳(5.7 人)、20~24歳(5.2 人)、70~74歳(4.1 人)、そして25~29歳(4.0 人)となります。確かに高齢になれば死亡事故の確率が高くなりますが、それは10代から20代の若者層にも言えるのです。もちろんその理由は大きく違います。高齢者にとっては老化による心身の衰えが原因ですが、若者層では運転の未熟さや無謀な運転が原因になります。

・高齢運転者の事故で目立つのはもう一つ、免許を保有する人が急激に増えていることがあげられます。75歳以上の免許保有者は、この10年で2倍、80歳以上は2.3倍に増加していて、この数は団塊世代の高齢化によってますます増える傾向にあるのです。免許証を返納しましょうという呼びかけは、このような高齢運転者の増加を危惧してのものでしょうが、都市部ではともかく地方では、車がなければ生活できない人も多いのが現状です。たとえばぼくは現在70歳で、車がなければ買い物もできないところに住んでいます。ですから、車の運転をやめる時には、今住んでいるところから引っ越しをしなければならないことになります。しかし、そんな歳になって、どこに行けばいいのでしょうか。

・高齢運転者が起こす死亡事故で一番話題になるのはアクセルとブレーキの踏み間違いのようです。しかし原因として多いのは安全不確認や前方不注意のほうで、この面でもメディアの取りあげ方には偏りがあります。また高齢者の起こした死亡事故件数は免許証所持者の増加にもかかわらず、ここ数年漸減傾向にあるようです。それはおそらく、車に装備された安全運転装置の進歩や普及によるのだと思います。前方に障害物があったり人がいたりすれば、アクセルを踏んでも自動でブレーキがかかりますし、レーンをはみ出せば警告音が鳴ったり、自動で修正したりもするようになりました。前後左右に設置されたカメラが、運転者の目を補強する役割がかなり備わってきているのです。この進化はおそらく、今後もさらに強化されるでしょう。完全自動運転とはいかないまでも、運転者の不注意や反応の衰えを補強する技術によって、高齢者の起こす事故は減っていくに違いありません。

・だとすれば、高齢者の運転を頭ごなしに批判するのではなく、安全装置のついた自動車に乗り換えるよう、国が積極的に推奨して、補助金を出すようにすることが賢明な策だと思います。しかし、アクセルとブレーキの踏み間違いや高速道路での逆走などはもちろんですが、車庫入れや駐車、狭い道でのすれ違いなど、基本的なところで以前の運転ができなくなったと自覚した場合には、免許証の返納を考えるのが無難だと思います。いずれにしてもこの問題は、一つの悲惨な事故から感情的に一方的な結論を出すようなことではないのです。

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2019年05月06日 07:08に投稿されたエントリーのページです。

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