Willie Nelson "To All The Girls........"
"Healing Hands Of Time"
"Star Dust" "Last Man Standing"
・ウィリー・ネルソンはよく知っているミュージシャンだが、彼のCDは一枚も持っていなかった。なぜか?ちょっとポピュラー過ぎるということもあるし、これはいいと思った曲に出会わなかったのかもしれない。それに、彼に限らないがぼくはフォーク・ソングは好きだがが、カントリーはそれほどでもない。フォークに比べてカントリーは、アメリカの保守的な層が支えてきた音楽だと思っていたからだ。
・とは言え、彼はまた、フォーク・ミュージシャンとの交流が多かった人でもある。ボブ・ディランの30周年記念コンサートに出ているし、『ブロークバック マウンテン』ではディランの持ち歌でトラディッショナルの「ヒー・ワズ・ア・フレンド・オブ・マイン」を歌っていたし、アメリカの農民たちの厳しい境遇を訴えた、ディランとの共作の「ハートランド」という歌もある。また、ウッディ・ガスリーのトリビュート・アルバムにも参加している。アルバムを一枚も持っていないのは不思議だな。と今さらながらに思った。
・というわけで、ウィリー・ネルソンのアルバムをいくつか買ってみた。さて何にしようかと探して、とりあえず選んだのは女性ミュージシャンとのデュエットを集めた"To Alll The Girls......"(2013)だ。共演者はシェリル・クロウ、エミルー・ハリス、ノラ・ジョーンズ、ブランディ・カーライル、ローザンヌ・キャッシュ、ドリー・パートン等々と多彩で豪華だ。全部で18曲が収録されている。もちろんそこには、フォークとカントリーといった区別はない。ウィリー・ネルソン自作の歌も数曲あるが、フォーク、カントリー、それにロックなどもある。父と娘、あるいはおじいちゃんと孫娘が仲良くデュエットして、ほのぼのとした雰囲気が伝わってくる。こんなふうにジャンルを超えた女性ミュージシャンと一緒に歌えるということは、彼の音楽的な力はもちろん、人間性にもよるのだろうなと思った。ちなみに彼は1933年4月生まれだから、もうすぐ86歳になる。
・ウィリー・ネルソンのベスト・アルバムは何だろうか。これまで70ほどのアルバムを出している中からネットで調べて"Healing Hands Of Time"(1994)を選んだ。「ウィリー・ネルソンの掛け値なしの傑作」と題名のついたページには、彼の声が「苦労の多い人生が作り出したものである」という記述があった。どんな苦労があったのか知らないが、確かに声だけでなく顔に刻まれたしわからも、それはうかがい知ることができる。このアルバムはそんな彼の風貌や声とは違って、ストリングスを使った美しい調べになっている。そんな所が、彼に惹かれなかった理由かもしれないと思いながら聴いた。もう一枚の"Star Dust"もタイトルでわかるように、スタンダード・ナンバーを集めたものである。なじみの曲をネルソン流に歌っていて悪くはないが、イージー・リスニング過ぎて飽きてしまう。
・もっとも、自作の歌詞には文学的でいいものが少なくない。
君を失った間
時という癒やし手が働いて
やがてぼくの心の中から君が消えた
≪中略>
目を閉じて眠りにつかせるのも
時という癒やし手 "Healing Hands Of Time"
・長田弘の『アメリカの心の歌』(岩波新書)にはウィリーについての、次のような描写がある。「誰からも愛されてきただけでなく、誰からも信じられてきた。生き方はむしろ八方破れで、保守にくみしない人生は決して穏やかなものとは言えない。そうであって、つねに無垢の人、微笑の人でありつづけてきた。」改めて聴いて、そうかもしれないと思った。
・ウィリー・ネルソンはまだ現役だ。最近でも二枚のCDを出している。一つはフランク・シナトラのナンバーを集めたものだが、もう一枚は全曲彼のオリジナルで、しかも新作のようだ。その"Last Man Standing"は、はじめに戻ったようなシンプルでカントリー風のサウンドで、陽気さに溢れている。そして声もまったく変わらない。しかし、タイトルになった歌は「最後の生き残り」といった意味で、今はもういないウィリー・ジェニング、レイ・チャールズ、そしてマール・ハガードといった名前を出している。まだ仲間はいるが、次は誰になるのか、と楽しそうに歌うネルソンの境地はどんなものなのだろうか。いずれにしても、今頃になって、彼の歌に魅了されている。